木々の緑に佇む池上本門寺の宝塔と紀州徳川家の墓所~日蓮聖人御荼毘所とお万の方の墓~ | 大江戸散策徒然噺

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大都市の中のお江戸の名残りを紹介します。江戸時代260年にまつわる日本全国の歴史散策をお楽しみください。

およそ7万坪といわれる池上本門寺の寺領はとてつもなく広く、江戸時代には徳川家菩提寺である寛永寺や増上寺に勝るとも劣らない規模を誇っていたのではないでしょうか。ちなみに本門寺のご本堂は大堂と呼ばれていますが、江戸時代には徳川家菩提寺の寛永寺の本堂は中堂、増上寺のそれは小堂と称されていたくらいに、本門寺の寺格は徳川家菩提寺に匹敵していたのではないでしょうか。


大江戸散策徒然噺-大堂 大堂


そんなとてつもなく広い境内の奥にあるのが日蓮聖人御荼毘所です。日蓮聖人御入滅の折の御荼毘所であることで、この場所は本門寺の中でも最も大切な区域になっています。


大堂の裏の道から細い石段が下方へ延びています。本門寺自体が山の上に建てられたものであることが改めてわかるのですが、かなり急な石段です。手すりにつかまりながら石段を下りてゆくと、右手にぽっかりと空いたような広い空間が現れます。その空間の彼方に鮮やかな朱で塗られた立派な宝塔が置かれています。


大江戸散策徒然噺 日蓮聖人御荼毘所にたつ宝塔
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木々の緑に囲まれたその空間に置かれた朱色の宝塔が妙に際立っています。心をときめかせながら宝塔へとさらに石段を下っていきます。都内にありながらまるで深い森の中に迷い込んだような空間は都会の喧騒とはまったく無縁な世界を造りだしています。


宝塔の建立は江戸時代の文政11年(1828)に遡ります。総高17.5m、基壇と蓮華座は石造、堂内は木造の歴史的建造物です。


この宝塔の背後にあるのが紀州徳川家の墓所なのですが、徳川家紋大名、とりわけ御三家の一つの紀州家の墓所があるとは思いもよらなかったのです。はやる気持ちを抑えつつ、宝塔脇のぬかるんだ道を進んで行きます。墓所へはさらに急な石段を上っていきます。静寂という空気が漂い、私以外には訪れる人はいません。


大江戸散策徒然噺 紀州徳川家墓所


墓所は宝塔を見下ろす高台に置かれ、その高台全体が紀州徳川家の墓地として整備されています。その墓地の中心をなす大きな基壇の上に宝篋印塔型の墓石が3つ並んでいます。


右から養珠院墓塔(頼宣公御母)、すなわち家康公の側室である「お万の方」、中央には天真院殿(光貞公正室)墓塔、左には瑤林院(加藤清正公の娘であり頼宣公正室)墓塔が整然と並んでいます。



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墓塔は前述の3墓を含んで全部で8墓あります。これら3人の他に8代将軍吉宗公正室の寛徳院以下、江戸藩邸で逝去した夫人たちの墓が並んでいます。


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日蓮上人の荼毘所を見下ろす位置に墓所を置くという徳川御三家のご威光をまざまざと見せつけられた瞬間でした。


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