結構前だけど、6月初めの3連休でフィリピンのマニラに行ってきた。

行く前からここは治安が悪い悪い、無法地帯ってネットの書き込みをたくさん見て、結構ビビってたけど、東南アジア11カ国全部行くと決めたので行かない訳にはいけないし、英語留学生とか旅行者とか沢山行ってる訳だから気をつけてれば大丈夫と思い、出発の日を迎えた。

ジェットスターの朝6時発の飛行機でマニラへ、到着後タクシーに乗り、予約してたゲストハウスへ。マンションの一室がゲストハウスになっててその入り口で日本人ですか?と数人の人に声をかけられる、何でもその人達はエホバの証人という宗教団体の人達でこのマンションに日本人ゲストハウスがあると知って勧誘に来たとの事。。余り関わらないほうがいいと思い、自分はよく分かりません。。とお断りしてエレベーターに乗った。

宿に着くと出迎えてくれたのは韓国の人で昔日本で働いてて今はマニラでこのゲストハウス経営者だとか、その人にマニラの治安の事を聞くとスラム街は行くなとのことで、あとは普通に気をつけてれば平気らしい、特にホテルの周辺は夜中でもコンビニ行くくらいは全然大丈夫との事。

そんな話をしてると他の滞在者が2人起きてきた、彼らは旅行ではなく英語留学できてて丁度土日で暇だから近くの観光名所を行かないかという話になり、勿論一緒に行く事に、少し歩いた所にスペイン植民地時代の城下町があって、色々遺跡が見れる。
歩いてるとしつこいくらいに馬車とかトゥクトゥクが声かけてくるけど、ボッタクリが多いらしいし、全然歩いて回れるので無視した。

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そうこうしてると昼飯時になったので適当な食堂に入った。ご飯に好きなオカズを選ぶスタイル。見た目だけで選んだんだけど、ちょっと味付が甘くて自分の苦手なバターっぽかった、、フィリピン料理はシンガポールで食べた事あってこんなんではなかったから多分たまたまこの店がそうだったのかと思うけど、結構残してしまった。。

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その後宿に戻り、夕飯を食べるまで一旦解散した。朝早かったので少し寝て、時間まで近くのショッピングモールを見に行った。モールの入り口にはショットガンを持った警備員がいて、、全員荷物検査と金属探知機を通る。この辺りはやっぱこの国の治安の悪さを物語ってるな。。

そして夕飯は近くのローカルレストランに入ってたけど、ここは昼飯と違って全然美味しかった。やっぱアジアだからオカズにご飯、肉料理が豊富。食べ終わって飲みに行こうとしたら凄い雨が降ってて、、一旦止むまで宿で待つ事にしたけど、、一向に止む気配がなく、軽い洪水になって宿の入ってるマンションのエレベーターが止まるほど、、幸い6階だから階段でもいけるけど、膝まで浸かるほどの洪水でこれではタクシーもトゥクトゥクも無理、、
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まるで水上集落の様、、

諦めてコンビニで酒買って宿で飲む事になった。他の宿泊者も交えて飲んで話を聞いてるとみんなマニラに英語留学中で次はオーストラリアに留学とか、バックパック中とか様々だった。

そして飲みながら翌日も休みだし郊外の火山湖見に行かないか?という話が突然決まり、朝早いのでこの日は早めに寝た。


2日目
朝8時くらいに起きて宿の外のタクシーの運転手に1日チャーターの値段交渉をして一台のタクシーがokを出す、英語が微妙なおじさんでボロボロなタクシーだったけど、ぼったくてきそうなタイプじゃなかったから安心したけど、このボロボロの車に後に泣かされる事になる。

一時間程して車は山道へ入り、ボート乗り場に到着する。
ここで火山湖のある対岸の島までボートで行く訳だけど値段交渉にだいぶ手こずる。。
ネットの情報だと1人300ペソくらいだったけど、提示されれた額が2000ペソ、、ありえない、、すぐに断って他に頼むと言うと値段を下げてきたけど、それでもまだ高い。相手も結構粘ってきて、最終的に1人500ペソが限度と言うので、試しに他の店にも聞いたらどの店も同じかそれ以上だったので妥協した。3人で1500ペソを支払いボートに乗り込む。

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島に着き、今度は入場料を払い、(これは安い)そして火山湖まで行く馬の代金交渉だけど、これは値段が決まっててきちんと明記されてたから諦めた。でもその料金表よく見たらボートの代金も決まってて1台1500ペソと書いてある、、まぁぼったくられた訳じゃないからいいけど、最初の1人2000ペソなら3人で6000、4倍もぼったくろうとしてたことになる。。恐ろしいフィリピン人。。

馬に乗って火山湖のあるポイントまで山道を30分程登る。
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そして頂上に行くとこの大自然。
大都会マニラから数時間でこの凄い景色。。
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一通り見終わって下山し、再びボートに乗り、待ってたタクシーの運ちゃんに終わったから宿に戻ってくれと伝える、そしてここから登りの山道でボロボロのタクシーが悲鳴をあげる。。

急な上り坂でエンストしまくるのだ。。古いトヨタのマニュアル車で坂道だとローで発進は問題ないけど、2速に入れるとエンストする癖があり、ならローだけで登りきって加速ついてから2速に入れろと言っても英語が通じず、、仕方なくシフトノブを無理やり押さえてこのまま行けーって怒鳴ってしまった。。当然煙は出てくるけど、、他に方法はないので、何とかこれで乗り切った。どうしても急な坂は3人で後ろから押してあげたり、、汗だくになりながら何とか山を越えたという。。

無事宿に着き、シャワーを浴びて少し休んでから夕飯を食べに安くて美味しいと評判の日本食レストランへ、朝から動き回って昼も抜きだったからマグロ丼とうどんを頼んでペロリと平らげた、フィリピンは聞いてた通り魚美味い。
そして近くのバーに移動してマニラの夜は更けていった。


3日目
最終日のこの日、皆は学校で一緒に遊べず一人行動。
思えばこのマニラの旅で1人で動くのはこれが初。。まずは電車の駅へ。
駅に着くとお馴染みの荷物検査と金属探知機、、切符を買うのにも長蛇の列で、マニラの電車はまだまだって感じ。動物園とか、教会とか、名所を見て、残念ながら美術館とかが閉まってて、、超でかいショッピングモールへ行き、Leeのジーパンが気になったけど、買うまでには至らず、、安いけど何かフィリピンでカード使うとなると、、

空港行くまでにまだ時間が余ってたので海側からマニラを見れるという30分のボートツアーに。
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そんなこんなで飛行機の搭乗時間になったので空港へ向かい帰路に立った。

初のフィリピン、かなり濃い3日間だった、是非また来て英語のプレゼントレーニングとか受けたい、セブでゴルフでも習いながら、、


4日目
この日はミャンマー、ヤンゴンに移動の日。
朝8時くらいに手配していたトゥクトゥクに乗ってまずは空港へ。
自分のチェックイン中に停電になったけど、係員は全く動じず、、日常茶飯事なんだろうな。。

ここで思いがけないラッキーが、、、、ラウンジを使っていいという話で、本当かよと思いながらラウンジの受付でチケットを見せたら本当に使わせてくれて、朝食を無料で食べれた。
まぁさすがにカンボジアの空港だからそこまで立派とはいいがたいけど、少し大人な気分でした。。まぁ十分大人ですが、、

時間通り飛行機に乗ってバンコクへ、乗り継ぎが2時間あったから是非タイ料理をとレストランでトムヤムクンのセットを頼んだら1800円くらいした。。
どこ行っても空港は高い。。っていうか機内食出るって分かってるんだから我慢したらよかったのに、、と後悔しながらヤンゴン行きの便を待つ。

またも時間通りヤンゴン行きの便が出発してくれてついにミャンマーに到着!



空港でまずはミャンマーの通貨チャットに両替。そして翌日に行く予定の三大仏教遺跡バガン行きのチケットを手配しに国内線乗り場へ。友人から空港で買えると聞いていたので予約しなかったけど、果たしてどうか、、時刻は午後3時過ぎ、まだやってるか、不安だったけど、とりあえずチェックインカウンターにチケットを買いたいと話をすると3階にオフィスがあるからそこへ行けと言われる。
3階に上がって目当てのエアバガン航空のドアをノックするも反応なし、、もう終わってしまったのか、、ミャンマーのオフィスアワーはやはり我々の常識は通じないのか、、と諦めかけてたその時ドアが開いた。チケットを買いたいと告げると、え、まさか今日の便??って反応されて、いやいや明日です。って伝えるとほっとした感じで中に通してくれた。中は汚くはないけど古い感じのオフィス。


待つ事15分程、無事にチケット発券完了。日時も希望通りでほっとした。。
ただ腹が立ったというか、カンボジアでもそうだったけど、汚い米ドルを受け取りたがらないという事。チケット代金220ドルだったんだけど、200ドルはシンガポールで両替したピカピカの100ドル札2枚だから当然問題なかったけど20ドル札が少し破れてるだけで変えてくれって言ってきて、、結局あんまり出したくなかったピカピカの20ドル札を渡す事に。。
これに関しては本当にこの旅で頭を悩ませたというか、、むかついたというか、、人や店によりきりだけど米ドルに関して細かい人が多い。メモ書きしてあるだけでもいやがる人いる始末。。

なにわともあれ、無事に航空券を購入して次は宿、目星をつけてるスーレーパヤという街のど真ん中の黄金のお寺にタクシーで向かってもらった。

Garden Guest Houseというのを友人から薦められて、更にタクシー運転手もお墨付きだったので迷わずそこに決めてチェックイン。
一泊シングルで10ドル、ここでさっき航空券の支払い時に断られた20ドル札で払ってみるとおじさんが老眼鏡でじーーーっとチェックして、内心またこれも断られんのかな、、って思ってたら意外にもOKで、、綺麗な5ドル札2枚をおつりで返してくれた。

部屋はシャワー、便所付きのシングルで汚くはないけど、凄い古い建物、まぁ今夜寝るだけだし、立地がいいのでよしとした。

この日はフライト2本で疲れてたし明日のバガン行きの飛行機も朝6時なので少し歩いて回ってミャンマーカレーを食べてホテルに戻った。






明日早いのでさっさと21時くらいに寝たものの、何故か23時位に目が覚めてしまう。
どうも胃がむかむかする。これはまさか、、吐くかもしれないと直感した。。そして徐々に気持ち悪さがアップしてきて、、もう便器の前でスタンバってたけど何故かこない、、
それどころか急に吐き気が失せてきた。。実は寝る前に既に異変を察知して正露丸を飲んでいた、そのお陰かすぐ近くのお寺の大仏パワーなのか結局吐かずに済んだ。
でも体調の悪さは変わらず、やはり少し熱が出てしまい、薬を忘れた事をめっちゃ後悔した。。外に出て薬買いにいこうかと思ったけど、夜中の2時過ぎに開いてる店があるかかなり疑問だったし、そもそもコンビニってあるの?って感じで、更に初ヤンゴンでこんな時間にこんな体調で出歩くのは怖かったので諦めた。。


5日目

結局いまいち寝付けず、熱っぽい体と下痢の状態のまま空港へ向かう事にした。

宿のすぐ前でタクシーを拾い、運転手にこの時間でもやってる薬局は無いかとダメ元で聞くと、ある!!!との事!
この運転手が神に見えた。。数分も走らないうちにこんな薬局につれてってくれた。。



何とか英語とジェスチャーで風邪薬と水をゲットして空港へ向かい、チェックインして搭乗待ち中に一錠飲んだ。
無事に飛行機は定刻通り飛び、ろくに寝てないせいか1時間ちょいのフライト中ずっと寝て、到着した時には結構すっきりしてた。

空港でタクシーに乗って今度はこの日の宿探しに。
当然目星くらいはつけていたのでそこに行ってもらった、日本語ぺらぺらの人がオーナーのゲストハウスへ。



予約してなかったけど、問題なくチェックイン完了。遺跡の回り方を教えてもらい、電気自転車を借りて近場を軽く回った。



昼前に戻ってきて、前日あんま寝れてなかったし、疲れも結構溜まってるのもあって、夕日の時間まで宿で少し休む事にした。当然昼飯は食わずに。。

夕方、起きたら大分さっぱりしてた、恐らく体調はもう大丈夫。
で、宿の人に明日のヤンゴン戻り便のチケットのリコンファームをお願いし、(今時リコンファームがいる。。)

バガンの旅の最大の目的、夕日を見に行く事にした。

一番夕日を見るのにベストな塔は観光客だらけで、、でもその景色はわざわざ来た甲斐があった。。



夜はゲストハウスで知り合った日本人バックパッカー達と何とこの街に唯一の日本食レストランで夕飯を取ることにした。体調悪かったから日本食があって助かった。。

その後近くのバーで飲んで、翌日宿の日本人達4人と他何人かで山の崖の上にあるお寺を見に行くことになったので早く寝ることにし、そしてこの日は途中起きる事無く、ぐっすり寝れた。


6日目
朝8時半に起きてバン一台をシェアして一時間半くらい離れたところにあるポッパ山という崖の上にあるお寺に向かった。

崖はそんな高くないけど、階段で上がれるようになってる。







2時間くらい歩いて喉からからになって飲むコーラは最高だった。。
やっぱ暑い国ならではで、ジュース類はたいていキンキンに冷やしてある。



そして再びバガンに戻り、昼食の時間。ここでミャンマー料理の麺、モヒンガーというのに挑戦した。お腹壊さないか心配だったけど、店は綺麗だったからトライした。
なかなか美味い。ミャンマー料理結構日本人に合う。

そしてフライトまでの2時間、まだ見てない仏塔やお寺を見て回り、もっと色々散策したかったなーっと後ろ髪引かれながら、空港へ向かった。

時間通りに出発し、ヤンゴンに到着。宿は今回は違う場所にした、ドミトリーだけど、綺麗で場所もいい。チェックインしてこの日の夜現地在住の日本人やカンボジアで知り合った友達達と合流する予定だったけど、果たして無事に落ち会えるか、、かなり心配だったけど、、結果は見事全員お店に到着!!全員揃って大盛り上がりした。ミャンマーは今着実に日本人増えてるそうです。



そしてこの日も深酒はせず、早めに就寝。


7日目
実はこの旅始まってから今日が唯一早起きしなくていい、丸一日フリーの日だった。。
でも結局8時くらいに目覚めてしまい、、宿の朝食を食べて街を見て回る事にした。

まずは歩いて1番大きいというマーケットへ行く。そんな大きくなく、あんまり面白くない、、
今までいろんな国のマーケット行ってきたけど、1番面白いのはホーチミンかな、コウモリの標本とか売ってたし、、でマーケット散策は早々に切り上げて1番の名所のお寺へ行くことに。
タクシーに値段交渉すると吹っかけてくるやつもいたけど基本的にここヤンゴンのタクシーは真面目な部類。メーターがないから値段は全部交渉だけど一回目的地が意外と近かったから交渉額より安くしてくれるドライバーまでいた、、ミャンマー人はまだまだ純粋って感じ。

そして1番大きいお寺に到着。






ミャンマー人は金色が好きなんだな、


ちなみにミャンマー仏教では生まれた曜日が重要らしく、各曜日の仏様が祀ってあり、自分もカレンダーで生まれ曜日を調べてお参りしました。月曜日の仏様。



そして移動して今度は超でかい寝仏像へ。



まじでかくて凄かった。。

この旅最後の夜は前日の数人で食事をとる事にしたけど、言われた住所に言われた店が無く、、通りを一本間違えてたみたいで、、全員無事にたどり着けるか心配だったけど、なんとか待ち合わせる事に成功し、、楽しく過ごせた。
今回一人旅だったけど、一人での晩飯って一回だけで、日本人ゲストハウスってやっぱ欠かせないなーって痛感した。

ミャンマー。東南アジア11ヶ国でで貧しい部類に入ると言われてるだけあり、建物とか凄い古い。。外壁の年季の入り具合は半端ない。まぁ逆に凄い味があってよかったけど。でもあちこちでビル建設してて今まさに生まれ変わろうとしてる感じだった。








次は6月にフィリピン、マニラ(これはもう行ってきた)、7月にタイとラオス、8月にオーストラリア、ニュージーランド、9月にインド、バングラデシュ、怒濤の旅ラッシュです。




今年はシンガポール最後の年と決めてるので年明けから積極的に東南アジア周辺を旅して今のところ既に2月バンコク、3月ハノイと行ってきて、5月に2ヶ国、カンボジアとミャンマーへ行ってきた、どちらも初。

どちらの国もビザがいるんだけど、カンボジアは空港で取れるからミャンマーだけ出発前に申請した。確か4枚くらい書類があって、わざわざウェブ上で申し込みに行く日を予約して、、とかなり面倒くさかったけど無事に発給。こうやって大使館に行ってビザを取るなんてアメリカ留学の時以来。そして今度は航空券、シンガポールーシェムリアップ、シェムリアップーヤンゴン、ヤンゴンーシンガポールと3区間バラバラで片道チケット買ったので結構高くついてしまった。。でカンボジアの宿はバンコク旅行の時に知り合った人に薦められたゲストハウスを予約し、ヤンゴンでの宿は現地で見つける事にして出発の日を迎えた。

シェムリアップ到着後、宿のトゥクトゥクが迎えに来てくれた。



宿は日本人経営のクロマーヤマト、安くてまぁまぁ綺麗で立地もいい。




その日は自転車で周りを軽く散策して、ゲストハウスで知り合った人達と一杯50円のビールを飲みに行き、翌日のアンコールワット観光に備えてさっさと寝た。








2日目
この日は一日トゥクトゥクをチャーターしてかの有名なアンコールワット遺跡群を見に行った。色々物乞いとか勝手にガイドして代金せびる輩とか多いって悪い評判聞いてたけど、その通り、変なやつ沢山いた。中でも最悪なのがこっちが入り口だよとか、ここで写真撮るといいよとか教えるだけでお金くれとか言うやつ、、でも無視してれば全然大丈夫だった。こういう輩は世界中どこでも完全無視が一番効く、下手に相手にするからいけない、うんともすんとも言わず、目も合わさなければ相手は100%諦める、効果絶大なタカリの撃退方法。ただ子供の物売りには私は弱いのでポストカードを3セットも買ってしまったが。。

で肝心のアンコールワット、素晴らしかった。彫刻のディテールが凄い、機械の無い時代こんなのよく作ったなって思う。






アンコールワット以外にも周辺に色々あって凄く広い、一日で全部見きれないくらいあるんで自分は定番のやつだけ、、
夜はまたゲストハウスの人達と一緒に行き、一日歩き疲れたから麺類とご飯もの2つ平らげて、50円のビールを飲み、この日はゆっくり休んだ。


3日目
この日はゲストハウスの人達と3人でトゥクトゥクをシェアしてベンメリアというあの天空の城ラピュタのモデルになった遺跡とついでにその近くのプーンコムヌー遺跡というのを見に行く事になった。トゥクトゥクに揺られて一時間、電気もガスも水道も通っていない縄文時代の高床式住居みたいな家が並ぶ村を通過中にトゥクトゥクの調子が悪くなった。バイク屋で修理待ちしてる時に裏の民家からおばさんが出てきて店の人やドライバーと立ち話をし始めた。幸いな事に今回トゥクトゥクをシェアした一人がカンボジア語が堪能な日本女性で、オレはその人に民家の中を見せてもらえないか頼んでくれる様にお願いした。すると以外にも大歓迎で家族総出で出迎えてくれてお父さんはわざわざ裏の畑で新鮮なバナナを取ってきてくれた程。おもてなし文化が凄いみたいで、昼時だったから飯食ってけ、今日は泊まっていけ位の事も言ってくれていたらしい。。
自分らが見せてもらった家は結構しっかりした家だったけど、中には本当に縄文時代並の簡素な家も沢山あった。。こういう農家の人の家の中を見れるなんて貴重な体験だったと思う。







そうこうしてるとトゥクトゥクも直り、無事に本来の目的地にも行けた、特にベンメリアはラピュタの実写版って感じ。







そしてこの日の夕飯は韓国系の多いカンボジアという事でサムギョプサルに行った。
しかし値段にびっくり、、5USDで全て食べ放題。。




食事後、50円のビール、100円のカクテルでカンボジア最後の夜は更けていった。
やっぱりカンボジアは物価安くて、旅行客多いから衛生面もまぁまぁいい。

次の日からのミャンマーに備えて早めに就寝した。

2014年も終わり、また今年も変わらず日本に一時帰国で帰ってきた。この年末の帰国はこれで5回目、、シンガポールも足かけ6年になる、、早かった、、でもこの2015年を本当にシンガポール最後の年にしようと思う。いつまでもタラタラやってられない、今年は正直いい年じゃなかった。。少しだらけたし、仕事もいいもの全く作れなかった。
9月くらいから来年こそいい作品を作る為の準備を既に始めてきて、手応えを感じつつある。仮に来年結果が伴わないなら潔く諦めて帰ろうと思う。それくらいの覚悟で2015年は真剣にやっていこうと決心した。もう若くないしな、、来年は忙しい年になりそう。でも健康第一で。

5日目。
この日もサーフィンは休み、バリ島の山の方に出向いてみた。宿のすぐ近くからバスが出ていて、1時間程でウブドというアートが盛んでのどかな田舎街というか村がある。
ここには美術館とかアートギャラリーが結構あって、一日で見て回りきれないくらい雑貨屋、洋服屋も沢山ある。

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モンキーフォレストっていう猿の保護区もあったり、

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これが一番の見所であるライステラスっていうのどかな米畑。。

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たまたま何かお祭りみたいなんがやってた。

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ビーサンで歩き回って足が棒になってしまったけど、、18時の最終バスで再びクタに戻り、そして前日に行ったサーフショップへ出向いた。一晩考えてやはり買う事にしたから。10年以上ぶりに買うサーフボード。。時間は夜8時過ぎ、ピカピカのサーフボードを持って歩いてると街ゆく人に凄い冷やかされたけど、、この板で残りの3日思い切りサーフィンする。。決して衝動買いではなく、元々今のサーフボードが10年以上前に買ったやつでレベルも体系も全然当時と違うからきつかった、、で年末に日本で5、6万の中古ボードを買ってこようか考えてた所、バリならその値段で自分にぴったりのサイズのニューボードがある、日本から運ぶコストも含めたら半額以上得だし、何より今買えばすぐに使える訳だから決断した。デッキパッドを貼ってワックス塗って明日に備えてさっさと寝た。

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6日目
この日は2日ぶりにサーフ。mixiのバリ掲示板で知り合った人とサーフガイドをシェアする事になっていた。待ち合わせ場所に本当に来るかなぁって疑心暗鬼で行ってみたらちゃんと来てくれてて、、向こうもオレがちゃんと来るか不安だったらしく、、良かったーって感じで感動の初対面を済ませ、日本語ぺらぺらなバリ人のガイドの元、ちょっとシークレットなポイントに案内してもらった。前日に買ったサーフボードの初おろし。波は結構でかくて上手いオーストラリア人が結構多くて、、波のパワーが凄くて巻かれるとマジで死ぬかと思う程、、2時間くらいで超クタクタになってしまった。。でもこれが本当にいい練習になった。おかげで午後に移動したクタビーチの波が凄い楽に感じた。例えるならジムのマシンで普段より負荷を上げる事でいつものウェイトが凄く楽になる感じ。ニューボードの調子も良くて初日の倍以上ロングライド出来て、本当に時間の制限なければずっとサーフしてたかった。。一緒に来た人が4時にホテルに戻らないといけなくて、で、せっかくだから買い物しようと言う事になったから早めに切り上げ、昼食を食べて、アウトレットへ買い物へ。その昼食がマジで美味くて、アウトレットも激安。。ローカルガイドをつけてると本当に助かる。バリではガイド兼ドライバー必須です、値段の価値はありますね。

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7日目
今日はバリで丸一日過ごせる最後の日。
当然、朝からサーフィンした。ニューボードのおかげで2,3本気持ちいいロングライドが出来た。昼前に上がって前日に行ったアウトレットに再度買い物に行くことにした、前日は時間の関係で全部見きれなかったから、すごく安くて2, 3時間位tシャツとか漁ってた。。一枚300円~1000円くらいで叩き売りしてるのもあったり、、日本で見かけないオーストラリアのーブランドとか見てて本当に面白かった。サーフボード買ったし、買い出すとキリがないのでセーブしたけど今後シンガポールで買い物するのが馬鹿らしくなったなぁ。。

そして夕方から再びサーフィンしに行く。夕暮れのオレンジ色のビーチでサーフィンするのはこれが最後。。思い残すことのないよう日がくれるギリギリまで入って、いつもビーサンを預かってもらってる飲み物屋台に行ったら日本人の人と知り合いになった。何でもその人はバリに通い出して20年以上のサーファーで、色々と教えてくれて、次回のバリトリップに是非役立てたいと思った。

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そしてこの日の夕飯はようやく独り寂しいディナーから解放される。mixiのバリ掲示板で知り合った人に夕飯に誘ってもらい、図々しいけど参加してしまった。。何かビーチの近くのこ洒落たイタリアンレストランでこのバリトリップの最後の夜は幕を閉じた。

残すは翌日の午前のサーフィンだけ。



最終日
朝起きていつも通り海へ行き、ラストサーフィン。
飛行機は5時発だけど昼で切り上げてランチを済ませてパッキングをして最後にホテルの周りのお土産屋で何か雑貨を買って、早めに空港へと向かった。しかし、ここで予期せぬトラブルが、、ホテルを出て5分ほどした所でカメラをセーフティボックスに忘れてきたことを思い出した。。大慌てでホテルへ引き返すも、、ホテルへの道はいつも渋滞で、ひょっとするとすごい時間のロスになってフライトを逃すかもしれない。。ホテルに電話してもらい、カメラをあらかじめフロントに持って来てくれるように頼んで頼んで、以外とホテルにもすぐに着いて、無事にカメラを受け取って再び大慌てで空港へ。。夕方すぎると大渋滞が始まるからドライバーも間に合うかなって感じだったけど、早めに出発したおかげと、早めに気づいたおかげで事なきを得た。運転手とこういった英語のやりとりは全く問題なく出来るのが観光でもってるバリならではかな。勿論良くやってくれた運転手には残りの現金を全部チップであげました。


おしまい。