一昨日、約6年間勤めた会社を退社した。

最後の日、お世話になったいろんな人達に挨拶して回って労いの言葉をたくさん頂戴した。

2010年の9月、訳も分からず来た日から6年。。

それはそれは色んな事がありました。






最初の1年は明日クビになるかもしれないという崖っぷちに常に立っていた。

毎日毎日遅くまで残って、何度も何度もやり直しさせられた。

営業マンにボロクソに言われて死ぬほど悔しかった。

クーラーの効かない週末のオフィスで一人で作業させられた事もあった。

現場の事情を何も知らない上の人間が言いたい放題言ってきたり、、

何の為に苦労して大金叩いて美大で勉強したのか分からなくなってしまった。

何度諦めようと思ったか数え切れない。

それでも辞めなかったのは他に行く場所なんて無かったから。

新しく来た上司に認めてもらう為に必死でアピールした。

信頼関係を築くという事を本当に学んだ。

ある日歯が折れて、歯医者で抜歯したその足でオフィスに戻り出血を抑えながらフラフラになりながら深夜まで作業を続けた。。

そしてそれがとんでもない賞を取ってしまった。。

もちろん自分一人の力ではなく、チームの一員として貢献した結果、チームワークというものをこの歳になって学んだ。

手術を受けた事もあった。

自分のせいじゃないのに、うまく弁明できず怒鳴られたのは一度や二度ではなかった。

英語でうまく伝えられず、うまく理解できずバカだと思われたのが悔しくて眠れなかった。

現地採用、現地採用って行く先々で小馬鹿にされて、泣きたい位悔しかった。

夢のためとは言え、狭い部屋に住んで、安い給料でこき使われて惨めだった。。

失敗した全責任を押し付けてきた腐った上司もいた。

数え切れない程徹夜し、そしてその努力のほとんどは無駄に終わった。。

でも経験値は着実に上がっていった。。

肺炎になり2週間も会社を休んだ事もあった。

社内政治のせいで損した事も沢山あった。

英語力のせいで、言ってることを信じてもらえなかった。。

何の説明もなしにプロジェクトから外された事もあった。

作品を横取りされそうになって必死で守り通した事も一度や二度ではなかった。

仕事が終わっても、土曜も日曜も仕事が頭から離れなかった。

こんなの見せるなって言われた事もあった。

毎回毎回プレゼンの前は飯も喉が通らなかった。

中国語分からなくても悪口言ってるってのは分かるから悔しかった。。



それでも味方になってくれる仲間がいたから6年間持ちこたえる事が出来た。

ここで出会った仲間は一生の仲間だし、ここで戦った敵は一生敵です。



21,22歳の時から海外留学を考え始め、一念発起し本腰入れてTOEFLのスクールに通い始めたのが23歳の時。丁度11年前の今頃だった。当初は2年制のカレッジでも行こうかなーって思ってたのに、、しっかり腰据えてやらないとダメだと思い、結局4大に行き、卒業後海外で働くなんて無理無理って思ってたら、まさかのシンガポールからのオファーが来てあっという間に6年。

10年も海外に行く事になるなんて若かったあの頃、夢にも思わなかった。。

アメリカ留学の頃から日本の快適さに飢えてたし、 毎年一時帰国は楽しみなイベントの一つだった訳だから10年ぶりの日本での生活は、、もう今から楽しみで仕方ありません。

日本も日本で色々大変だと思うけど、どこに行ってもいい面と悪い面が両方ある訳だからそれは仕方ありません。食事とか生活とかの面では圧倒的に快適になる訳だから多少嫌なことあっても文句言いませんけどね。
















ついに2015年も終わり、今年も忙しかった。。仕事も勿論、旅にも精を出した一年だったから、飛行機は34回も乗って、13ヶ国も周った。

肝心の仕事は本当に充実した一年になった、でもそれは後半からで前半は結構最悪だった、、2014年もひどかったけど年明けも状況あまり良くならなくて本気で会社辞めようか悩んだ位。そんな矢先に来たのがTVCの仕事、確か4月の終わりくらいだった。提案した案がなかなか評判良くて、その後何案も他に出したり変更加えたりを経て12月にようやく正式ゴーサインが出てプリプロダクションに入り年明けから待ち望んだ制作がスタートする。長かったけどこれがあったから続けようというモチベーションになった。間違いなく自分の今までのキャリアで最高傑作になる、しかも予算がでかいからスケールも凄い。。楽しみで仕方ない。。

そして12月は他にもいい仕事が2つも入ってきて、今頑張って進めてる最中、更に更に2年前からずっと提案し続けてた案がついにゴーサインが出たり、、ここへ来ていいこと尽くしの大フィーバーの12月だった。。最後の最後で何か今までの鬱憤が半分くらい吹き飛んだかな。。

今年の最初の目標だった年内で辞めて必ず日本の会社に転職するというプランはまたも延期になったけど、まあ今までと違い不本意にズルズルいった訳ではないから満足してる。今進行中のプロジェクトが全て完了したら今度こそ日本への転職を実行に移そうと思う。今までは具体的なプランが無かったけど来年は作品かなり期待できるので、5月位には就活動けると思う。となると正式に帰国するのは多分9月くらい、、したらシンガポール生活トータル6年になる。。まさか6年もやるとは、、我ながら頑張ったなぁ。。去年、今年と作品全く残せなくて落ち込んだけど我慢してきた甲斐があったかなと今は思う。過去最高のいい波が来てるのでこの勢いに乗っていくために冬休み中ももっと新しいアイデア考えないと。。

2016年は間違いなく当たり年になるので大きな変化を起こす!そしていざ日本へ。

6日目
8時前に目覚めるも意外と体調は良い。ネパールの事をネットで調べたりして、8時半いざ空港へ。途中渋滞にはまりヒヤヒヤしながらも無事にチェックインし時間通りに出発し、13時にカトマンズに到着。到着する少し前に隣に座ってたカップルに話しかけられ、行く方向が同じだからタクシーをシェアさせてもらう事になった。アライバルビザの申し込みカウンターへ行くと何とデジタルパネルで出来る。必要事項入力し、写真まで撮れる、終わるとレシートが出てきてそれを持って支払い窓口に行き、入管へ。意外と進んでてびっくりした。そして空港からネパール人カップルと一緒にタクシーに乗り、宿の近くで降ろしてもらう。支払いは細かいの無いので翌日彼の経営する旅行代理店に持って来てくれればいいとの事、凄いいい奴!しかし言われた道に行ったけどホテル見つからず、、道が複雑で安宿だらけだから探すの大変、、結局1時間くらいウロウロして歩いてる日本人に聞いたりしたけどダメで、、どうしようか困ってたら再びそのカップルに会い一緒に探すのを手伝ってもらった。その後何とか無事に見つかりチェックイン。飛行機13時に着いたのにもう15時過ぎ、急いで行動プランを練り、とりあえず今日はタクシーで30分くらいの山間にある街を見に行く事にした。

パタンという古いお寺が並んでる山間の盆地にある街。


たまたまその日が祝日でお祭りしてて、凄い賑わいだった、レトロ感が漂っててどこか懐かしい、タイムスリップした気になる。日本人経営のお土産屋とか、日本語の看板とか沢山あって日本人観光客も多かった、強烈すぎるインドを緩くした感じのネパールは居心地いいから日本人に合うかもしれない。
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人は親切で路地裏とか歩いても全然大丈夫。治安良くて安心できるのもネパールのいい所。気づいたら19時前、、一旦ホテルに帰ろうとタクシーを捕まえたけど、そのドライバー裏道を抜けようとする度に道に迷いまくり、、行きは30分だったのが一時間くらいかかった、、そしてようやくネパール初のメシ。何食べるか悩んだけど、チベット料理に心引かれて入ってみたら凄い美味い。麺類と餃子両方日本人に合う。

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食後、ホテルの周りを散歩し、コットンのパンツを500円位で購入した。夜の街は意外とストリップとか客引きとか多くてびっくり、昼と夜で顔を変えるカトマンズ一の繁華街タメル地区。翌日は12時に空港に出発しないといけないのでさっさと寝た。


7日目
朝7時に起きて行動開始。まずはヒマラヤコーヒーの店で朝食を取り、歩いて少し離れた寺が沢山ある名所、ダルバール広場へ。

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結構地震で壊れてしまってて残念。修復作業中だけどまだ見れる寺も沢山残ってた。歩き回ってたらいつのまにか10時半、そろそろホテルに戻ろうとタクシーに乗るも微妙に違う場所で降ろされてしまう。。カトマンズはタクシー運転手でも迷う程入り組んでて、、そこが魅力でもあるけど、たまにいい加減なタクシーだと目的地にちゃんと連れてってくれなかったりする。。どの道も似た様な雰囲気だから現在地の右も左も分からなく、、仕方なく再度タクシー捕まえてホテルまで行ってもらった。今度は無事にホテルに着き、この時11時ちょい過ぎ、お土産をサクッと買って前日のチベット料理屋に行き麺類を頼み、15分でできると言う言葉を信じたら、30分以上かかり、、持ち帰りにしてもらったら、ビニール袋に入れて輪ゴムで縛るというシンガポールでもある一番簡素な持ち帰りパッケージにされてしまい、、これでは手で持って食べれない、、空港に行くタクシーの運転手にいるか聞くも要らないと言うので凄い残念だけど空港の中に持ってけないから捨てた。あと10分早く出来てれば店で食べれたのに、、まぁこのネパールでそんなせっかちな事言ってはいけないだろうけど、、チェックインをして出国審査を済ませて搭乗口に来た時、大事な事を思い出した、、昨日タクシーをシェアしたネパール人のカップルにお金を返すの忘れてた、、大した額じゃないけどホテルを探すのも手伝ってくれたし、見ず知らずのやつにこんな親切にしてくれたのに本当に申し訳ない、、連絡先は知ってるので、シンガポールに着いたらすぐに郵便で現金を送ろうと思う。

そして飛行機は地獄?のインド、デリーへ。今回インドのバジェットエアのindigo airっての使ったんだけど行きも帰りも定刻通り出発でこれは運がいいのか、普通なのか、、

デリーに着き2回目の入国で少し手こずる。理由は前日の出国スタンプが微妙にずれて西暦が2010に見えた為、、いつインド出た?バスか?飛行機か?とか色々聞かれたけどデータベース見てすぐに確認取れて大丈夫だった。インドは何か色々厳しくて入管とかヒヤヒヤする。

その後今回は電車でホテルまで行ってみた、ホテルの最寄り駅前から歩くと30分くらいかかる。でも駅前は悪質な客引き兼トゥクトゥクが多いので道は分かってたから炎天下の中頑張って歩きでホテルまで。。ネパールの涼しさが懐かしい。。

ずっと移動が続いて疲れ溜まってるはずなんでこの日は飯食ってゆっくりホテルで休んだ。飯は野菜取るために韓国料理でビビンバを注文。まぁまぁ美味かった。食後ネットカフェへ。宿にWi-Fiあるのに何故かと言うと、日曜の帰り便のeチケットを印刷する為。インド、ネパールはeチケットを持ってないと空港の中に入れない。あらかじめ持ってきたのは日本語版でインド人には読みにくいから万が一の為に英語版を印刷しようと。何かにつけて厳しいインド、もしeチケット忘れたらどうするんだか考えたくもないし、日本語版だとケチつけて入れてくれなかったらマジ困る。。携帯の画面で見せるのはアリなのかは微妙だし、念には念をでわざわざ英語版を印刷した。最近は空港チェックインにeチケット求められないのが普通だからたまに持ってかない時もあるけど、南アジアは超厳しい。

そしてこの日はホテルでゆっくり休んだ。


8日目
ついに最終日。デリーのまだ見てない所から必須の場所を5箇所選んでトゥクトゥクを捕まえた。運転手は話しかけた感じ結構いい人だったんで半日チャーターを提示してみた、結果1000ルピー(1700円位)で合意。いちいち捕まえるより同じ人のが楽だし、この日行った場所はかなり遠いのもあるんでむしろ得、後払いで大丈夫だし。

一つ目はインド門。戦争の慰霊碑かなんかだから古いわりに凄いピカピカだった。

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二つ目はフマユーン廟、世界遺産。
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三つ目はクトゥブミナール、これも世界遺産!インド世界遺産多い。

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四つ目はバハーイー寺院、バスの形の寺院、何かシドニーのオペラハウスに似てる。

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最後にコンノートプレイスというショッピング街で降ろしてもらい終了。流しのトゥクトゥクのチャーター初めてやったけど、凄い便利。

遅めの昼飯をマックに行ってみた。外は暑いからクーラーの効いてる店内は超満員、、座れない人が沢山。自分は1人だったから空いてる席にさっと座った。ちなみにインドのマックはチキンしかなくビーフはない。食後歩いて回り、朝から歩き回って疲れたので17時くらいに宿に帰る事にした。宿まで近いんでGoogleマップ見ながら歩いて帰り、シャワーを浴び、夕飯を食べ、お土産を買い、ホテルでパッキングし早めに就寝。


9日目
6時半に起き、空港へ行く前に朝食をと思ったけど、やはりどこもやってなくて仕方なくコーヒーだけ飲んで出発した。ホテルが呼んだタクシーが朝のお茶を5分だけ飲みたいと途中止まり、待っていたらちょっとしたハプニング発生。目の前で1人の青年がインド人と揉めている、、どうやら空港へ行くタクシーの事で言い争っている。すると青年が自分に話かけてきて、空港行くの?って聞く。そうだと答えると、シェアしないか?と言う。そしたらお茶飲んでた運転手がダメだって言う。元々ネゴしてたインド人は客を取られたくないから必死で食い止めるが、青年はその人は信用出来ないって感じで結局自分のタクシーに乗る事に。当然客を取られたインド人はかなり怒ってた。。車中話をしてたら、青年はイスラエル人のバックパッカーで国内線でゴアに行く予定。安宿街なんで空港に行くタクシー沢山いるだろうと探してたらさっきのインド人とトラブルになったらしく助かったとの事。彼は国内線なんで先に彼を降ろして自分の国際線ターミナルへ向かった。運転手に一度に2人分稼げて儲かったなーって言ったら、罰の悪そうな顔でタクシー仕切ってるボスにバレたらちょっとやばいみたいな事を言ってた。だから最初断ってたんだな、と思うが、結局載せたのは彼自身なんだから自業自得だろうと思ってた矢先、またまたハプニング。。信号待ち中に突然インド人達がタクシーに乗り込んできた。えー!!って思うも運転手は普通にしてる、どうやら空港で働いてる労働者らしく空いてるタクシーに勝手に乗り込んで通勤の足にするのが普通らしい。。さすがはインドだ。。断りもなく乗り込むから一瞬びびったし、満員状態でも更に乗り込もうとしてきてたから、、

何はともあれ無事に国際線ターミナルに到着、日曜だから渋滞はなく早めに着けた。しかしまだ関門が2つ。入り口でeチケットを見せないと入れない、わざわざ英語版用意したんだからケチ付けられなきゃいいけど、、警備員がパスポートとeチケットを交互にチェック、、結果無事に通過。最後の関門は出国審査。。ここでシンガポールのスタンプが何でない?と聞かれたけど労働許可カード見せて、何とか通過。。一瞬ヒヤリとするもこれで全ての関門は抜けた。。安心した所でカレー粉のお土産を買い、朝マックでベジタリアンマフィンを食べ、いざ搭乗口へ。定刻通りに出発!心配してたけどこの旅は全部予定通りで怪我も病気もトラブルもなく行けた。

8月はブルネイ、オーストラリア、東ティモール、バングラデシュ、インド、ネパールと6ヶ国、怒涛の旅行ラッシュ、全て予定通り行けて満足。後は来週末バスでマラッカ行ってパスポートの期限切れるから当分旅は休み。10年使ってきたパスポートにスタンプ沢山残したいと決めたのは今年の初め、相当頑張りました。。おかげで東南アジア制覇したし、大満足。今渡航歴21ヶ国だから次の新しいパスポートは増刷させる勢いで新たに20ヶ国目指そうと思う。

3日目
朝起きてサッと朝食を取りチェックアウトしてホテルの送迎で空港へ。渋滞にはまることなく無事に到着。
チェックインを済ませ、搭乗口へ。搭乗開始したかと思いきや、半分乗り込んだ段階で急遽待ったがかかり、ゲートに戻るような指示が出された、訳も分からずとりあえず戻ったが、まさか遅延、、?まずい、デリーでピックアップ頼んでるのに、、と不安が募る中、40分くらいで再び搭乗開始、無事に出発した。

3時間位のフライトで、ついにバックパッカーの聖地、インドへ足を踏み入れる、そしてこれが記念すべき自身20ヶ国目になった。入国審査は問題なく通過。しかし、、ピックアップサービスが遅延したせいでやはりいない、、しばらく待つも来ない、、電話したら何か繋がらない (こういうの海外で凄いよくある、、) どうしようか困って空港のフリーWi-Fi使おうと中に戻ろうとしたら一回出たらもう入れないらしく、ならば出発口はどうかと行ってみるもeチケットがないと中に入れない。。なす術がなくなり、、とりあえずまた待ち合わせ場所に戻ったら、いた。。多分トイレでも行ってたのか、、まぁ無事にピックアップしてもらい、宿へ。

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宿にチェックインし、部屋のドアを開けて愕然、、多少汚いのは気にしない方だけど今までのゲストハウスで一番汚く、致命的なのがクーラーが無い事。せめて窓があれば凌なくもないけど、ジメジメして、シーツがベトベト。。ネズミも出る始末、その日は1人部屋が空いてたけど翌日からドミトリー、、3人4人もこんな部屋に入ったら更にジメジメしてるに違いない。。でも日本人宿のいい所は友達が作りやすい所、この日も何人かで飲みに行き、クーラー付きで安くていい部屋を教えてもらい、翌日からそっちに移ることにした。



4日目
朝起きてまずは教えてもらった宿がちゃんと空きがあるか確認しに行く。わざわざ部屋を見せてくれて小さいけどバルコニー付きでクーラーもちゃんと動くし、バストイレ付きで綺麗!勿論即決し日本人ゲストハウスはチェックアウトした。

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これでようやく腰落ちつけて行動開始。その前にこの日からの5日間の計画を立てた、5日間デリーは長過ぎなんでかねてから考えていたネパールを一泊二日組み込み、更にあの有名なタージマハルのあるアーグラーという街の1日バスツアーに参加する事にした、問題はこれらチケットの手配、山ほどある旅行代理店のいくつかは悪徳らしくどこにすればいいか宿のオーナーに聞いたらうちでできる!との事。ホテルの手配なら安心だし、ホテルの清潔さを見れば騙すような人には見えなかったから、頼む事にした。晴れて快適な寝床と今後の予定が決まり、行動開始。リクシャを捕まえてまずはジャママスジッドと言う凄い古いモスクへ。ブルネイで見たピカピカの超豪華なモスクも凄いけど、ここは歴史あるモスクで凄いでかかった。

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続いて世界遺産のラールキラーと言う城の遺跡へ。凄い城壁。。

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その後、周りを見て回る。基本的にインドの道は汚ない、ゴミだらけ、そして唾吐きまくり、、
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中国も酷かったけど、インドもなかなか凄い、建物は古いのばっかりで壊れかけてるのも沢山、看板とかも80年代のレトロなデザインで、その辺を牛が歩いてるし、荷物運搬用に馬とか使ってるし、本当にここは2015年?って思ってしまう、タイムスリップした感じになる。

そして夕方またゲストハウスの人達と飲む約束をしてたんで、一旦宿に戻ってシャワーを浴び、飲みに出かけた。この日は10人以上集まってルーフトップの洒落たバーで盛り上がった、年齢も職業もバラバラな日本人がこのインドで出会って酒を飲む。ここで会った人とまた違う国で再会したりする事もあるから、人との出会いは旅の醍醐味の一つでもある。みんな翌日早いらしく21時くらいで終了。翌日のバスツアーの準備をし早めに寝た。



5日目
5時45分くらいに起きて6時にホテルに迎えが来て、バス乗り場まで一緒に来てくれた。そしてバスに乗り込みびっくりする、、乗客が全員インド人で外国人は自分だけ、凄いジロジロ見られるけど、後からナイジェリア人のグループ達が乗り込んできてホッとした。。出発して5時間程でアーグラーに到着。まずは世界遺産アーグラー城を見に。

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その後お土産屋に寄るという事で行ったら何か長々と色んな商品のセールスが続いて、、ガイドが強引にプッシュしてきてうざかった、、コミッション貰ってるのバレバレ、、正直あまりいいガイドとは言えなかった。ドア閉めて半ば軟禁状態でのあれ買えこれ買えと軽い押し売り地獄から40分くらい過ぎてやっと解放。ツアーって行動の自由が無いから主催側の思う壺だなーって思った。格安ツアーだから仕方ないけど、、

その後、14時になってようやく昼メシ。ナイジェリアの一行と自分は外国人同士同じテーブルに。彼らは何か交換留学とかセミナーとかで来たらしい、そしてよく食べる、みんないい奴でタージマハルで一緒に行動する事に。

そしてやっとこのツアーのメイン、タージマハルに到着、勿論世界遺産。中に入り進んでいき視界にあの白亜の建物が入ってきた瞬間感動した。。これを見るためにインド来た様なもんだから。

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何百年も前に大理石でできた城、凄かった。。

そうこうしてると時間は17時過ぎ、再びデリーに向かって戻る途中にとあるヒンドゥー教の寺に寄ったんだけど、ここがマジで不気味だった。携帯、カメラ持ち込み厳禁でボディチェックが空港以上の厳しさで検査員がみな軍人で高圧的。。ポケットティッシュや飴ですら厳重チェック。中に入ると夕暮れ時だったから電飾が点いて遊園地みたいな雰囲気だけどお経が鳴り響くという不気味さ。そこら中警備の軍人だらけなのを見るとここが普通じゃないのは明らかだ。若者達からヒンドゥー語でめっちゃ話しかけられて、何か千と千尋みたいに日が沈んだらこのまま出れなそうな気がしたので、あまり奥まで行かずさっさとバスに戻った。写真ないのが残念だけど本当に異次元の様だった。なんて名前かは忘れたけど、アーグラーから一時間くらい行った所。

再びバスは出発。後はデリーに帰るだけ、と安心してたら、、何かヒンドゥー教の僧侶みたいな人がバスに乗ってきて延々ヒンドゥー語で何か説法?、してて、超うるさい、まるで移動式の寺。。30分くらいしたら降ろされてその人のガイドで何個か寺を回った。Brndvanmという凄い古い寺や建物が沢山ある小さな街でここは街自体が写真撮影禁止との事。。ここもかなり不気味で個人旅行では絶対来れないコアな場所だったからある意味ラッキーだったのかな、、

その後バスは高速を走り続ける。狭い座席と疲れた身体にギンギンの冷房がこたえる。到着予定の11時を過ぎてもまだ着く気配がない、、まさか、、帰りはデリー行きじゃなかったのか??と言う不安に駆られ近くの人に聞いたらデリー行きで間違いないけど到着が1時だと、、話が違うけどまぁちゃんとデリーに向かってる様なのでホッとした。次第に来る時に見たビルとかが見えてきて安心してたら、とんでも無いものを目撃する事になる。それはボウボウと燃え盛るトラック。。中央分離帯に突っ込んで横転し真っ赤に燃えている!日本なら上下線完全封鎖レベルの大事故なのに、警察がその車の周りを閉鎖するだけ、、爆発したらどうすんだか、、横を通過した時、炎の熱が窓からリアルに伝わってきた。。やっぱりインド人無茶苦茶な運転するから事故多い、、あのトラックの運転手無事ならいいけど、、

そして深夜1時過ぎてようやくデリー市内に入る、びっくりしたのが道端で寝てる人が沢山いた事。今は夏だけどデリーは冬は結構寒くなるらしいんでこの人達どうするんだろう、、インドのリアルをマジマジと見た。そしてようやく宿の近くにバスが停車し、19時間の軟禁?から解放された。バスツアーは移動楽だけど事故とかの可能性やガイドの質、バスの質とか含め今後よく考えて選ぶべきだと学んだ。。っていうか途上国の安いツアーは絶対やめた方がいい。。

宿への帰り道、腹減ってたけど夜中に歩き回るのは不安だったし、翌日は11時発の便でネパールなんでシャワー浴びて支度してさっさと寝た。約24時間滞在の弾丸スケジュールだからせめて行きだけは遅延しない事を祈りながら就寝。

しかし、本当に濃い~1日だった。。




バングラデシュと聞いてイメージするのはインドの親戚みたいなカレーの国?くらいしかなかった。今回の旅のメインはあくまでもインドでついでにどっか周辺国も寄りたいなと思っていたのと、友達が同じ時期に予定が空いてたので、誰か一緒ならと思い、話し合いの末アライバルビザが取れるのと土日月で行けるのが決め手になった。ただこの国、かなり貧しく観光資源もこれといってないマイナー国、、時間もないし、自力で歩き回るのは難しいし、英語も通じないらしいので、色々ネットでリサーチし観光ツアーを予約して出発の日を迎えた。

前回の東ティモールは深夜2時に空港だったから寝れなくてきつかったけど、今回は4時まで家で仮眠して5時に空港着けば余裕だったから大分楽だった。経由のクアラルンプールから3時間半のフライトを経てついに到着。今回はマレーシア航空だったから快適だった。

そして懸念事項だったアライバルビザのカウンターへ。何かアライバルが取れる、取れない等情報がネット上に溢れてて、不安だったけど結果全員無事にしかも無料で取得できた。外に出るとやはりここは南アジア。雰囲気が全然違う。送迎の車に乗りまずはホテルへ。

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ホテルには既にツアー会社の人が来てて、チェックインを済ませすぐに観光ツアーへ出かけた。

渋滞が凄くて移動に手こずったけど名所を5,6ヶ所くらい回れた。
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ツアーはマジで移動が楽。。渋滞の多いダッカでは正直個人で回るのは難しいんじゃないかな、、

そして夕飯の時間になり、もちろんバングラデシュ風カレーの店へ。観光客でも大丈夫なまぁまぁ綺麗な店。マトン、チキン、ビーフ等のカレーとスープに野菜、生野菜は食べるなと念押された、、ミャンマーで痛い目あったから当然これには手を付けず。バングラのカレーはアッサリしてて、レモンを絞って更にアッサリさせるから食べやすい。

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夕飯を食べてホテルに送ってもらってもまだ20時前なんで自分達で近くを歩いてみる事にした。ホテルの周りは結構栄えてて歩いてても大丈夫。駅が近くにあるから電車を見に行くことにした、グーグルマップで駅の近くに着いて線路沿いを歩いてこうとしていたら、地元の青年がやめとけ、あっちから行けって道を教えてくれた。バングラデシュ人は結構親切。そして駅を見つけて名物の人が屋根に乗ってる電車を待つ。するとタダでさえ目立つ外国人の我々、駅で待ってる地元の人からジロジロ見られる、、まぁこれは事前に知ってたから驚かなかったけど、ここはまだまだ観光産業が遅れてて外国人相当珍しいらしい、トゥクトゥクよりも人力車が圧倒的に多くボロボロのバスが走ってるの見るとまだまだ遅れてるなと思う、、でも街の中心地は結構高いビルとか多くて日本人も800人いるとか、、

そうこうしてると電車が来た!暗くて写真は撮れなかったけど本当に屋根に人が乗ってた、、

その後少し歩いて回り、ホテルに戻る途中、日本の居酒屋を発見!何か小腹が空いてたのでダッカでラーメンでも食べるか?という事に。入った店はまぁまぁ綺麗で多分日本人経営っぽい、しかしラーメン一杯1400円くらいするという、、理由はおそらくバングラデシュでは酒買えるけどレストランではなかなか出せないらしく、酒で利益出せないから料理が高くなる、、と思う。

そして出てきたラーメン、、不味くはないけど、、うまくもなく、、少し損した気分だけど、ダッカでラーメンを食べれた事に満足し、ホテルに帰りこの日はぐっすり寝た。


2日目
ホテルで朝食を取り7時半に出発。この日は郊外の遺跡を見に行く、3時間くらいのドライブ、郊外へ行くとカンボジア、ミャンマーで見た風景とどことなく似てた。

遺跡に着き中に入り、見て回る、正直土台くらいしか残ってないんで感動は少なかった、外に出ようと歩いてたら地元の学生から凄い質問攻めを受けた、どこから来たのか?バングラデシュはどう?で写真一緒に撮ってほしいと代わる代わる人が来て、、何かスターになった気分に。。

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その後バングラデシュには少ない仏教のお寺を見たりしてランチを取り、最後に日本人戦没者墓地があるというので見に行き、再びダッカへ戻った。

ダッカに戻り夕飯前に昨晩暗くてよく見えなかった電車を見ることに。
踏切近くの線路沿いは人が多くて、我々日本人は注目の的、、予想より電車の屋根に人は乗ってなかったけど、このカオス感を肌で味わえて満足。

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そして夕飯はガイドさんが気を利かせて日本食にしてくれた、日本人経営の店でまぁまぁ美味かった。店のある通りは中心地で意外と高いビルが多くて栄えてた、ハノイ、シェムリアップに比べたら間違いなくダッカの方が栄えてる。

夕飯後ホテルでくつろぎ、22時くらいに友人2人は空港へ。自分はそのままもう一泊し翌日からこの旅のメイン、インドへ。

バングラデシュ、観光産業はまだまだだけど人は親切。これから発展していく勢いを感じた。