浜松市北区引佐町井伊谷の井伊谷宮に初詣をしてきました。
1月15日(水)、晴れ:
昨夜の雨は上がり、今日は朝からよく晴れています。今朝の日課の早朝散歩は雨上がりのぬれた路面の散歩になりました。手袋をはめた手は冷たくなりましたが、湿度が高いせいか寒さは感じませんでした。天高くに月が煌々と輝いていました。
日本列島は次第に西高東低の冬型の気圧配置になり、最少は雲が多いですが次第に晴れてきます。これからも小春日和が続きそうです。
1月9日に、浜名湖ガーデンパークへ行きましたが、その後で、浜松市北区引佐町井伊谷の井伊谷宮へ初詣に行ってきました。
井伊谷宮:静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1991-1
御祭神「宗良親王」は、後醍醐天皇第四皇子であらせられ、今より約650余年、動乱の南北朝に一品中務卿(いっぽんなかつかさきょう)征東将軍として、この地を本拠に50余年の間、吉野朝方のためにご活躍になられました。
その間、遠江・駿河・三河・甲斐・信濃・越後・上野・美濃等を転武し、信濃宮・上野宮・越中宮と尊称されました。
親王は、御幼少の折から御出家せられ、やがて京都比叡山天台座主となられましたが、時代の波は親王にも及び、還俗して宗良親王となり、戦陣の中へ身を置かなくてはならなくなったのです。
なた、親王は、御幼少の頃より和歌に秀で、終生和歌の道の聖と仰がれました。唯そのご生涯は、誠に悲惨な人生であり、困苦辛難に満ちたものでしたが、どんな苦しい流浪の中にあっても和歌を離さず準勅撰「新葉和歌集」(吉野朝の歌人だけを集めた)の編纂を始め、親王の歌集である「季花集」など当時の歴史資料としても貴重な和歌を多く遺しました。
晩年再びこの地を訪ねられ、元中2年8月10日御歳73才をもって崩御なされたと伝えられています。
御由緒
東宮は、明治5年に明治天皇の思し召しにより御鎮座、翌6年には静岡県内でも数少ない官幣社(井伊谷は官幣中社)という格式高い神社となりました。
以来、昭和5年には、昭和天皇が御親拝になり、続く昭和58年には現在の天皇皇后陛下がご参拝される等、皇室とも大変関係深い神社であります。
井伊谷宮に初詣する。
井伊谷地区案内看板。赤字の現在地が井伊谷宮。
井伊谷宮の由緒看板。
井伊谷宮の境内案内看板。
井伊谷宮の参道。
井伊谷宮に参拝。






