NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」のゆかりの地を訪ねて、井伊谷宮にお参りしてきました。
1月23日(月)、晴れ:
今日も朝からよく晴れています。相変わらず西高東低の冬型の気圧配置が強まり、静岡県内も昼間も震えるような寒さになるとのことです。今朝は大変冷え込みました。
昨日は、雲の多い天気でしたが、日中の気温は10度Cくらいあり比較的暖かく感じました。そこで、浜松市西区篠原町坪井の菩提寺東光寺へお墓参りに行きました。年末に香花に若松を添えたお花でしたので、香花のお花に変えて先祖のお墓のお参りをしてきました。
それから、時間があるので、途中で昼食をしてから、浜松市北区引佐町の井伊谷宮と、龍潭寺へ今年初めてのお参りをしてきました。
今年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」は、浜松市の地元の物語で、大変盛り上がっています。昨日も、NHK第一放送で午後から、浜松市北区細江町のみおつくし文化センター内に1月15日にオープンした「大河ドラマ館」からの生中継番組を放送していました。
今年は、「おんな城主直虎」に因んだ地を訪ねていくつか紹介したいと思います。
昨日はその手始めに、「おんな城主直虎」の物語の中心になっている、浜松市北区引佐町の井伊谷地区の龍潭寺と井伊谷宮を訪ねました。
NHK 大河ドラマの「おんな城主直虎」の物語は、1月8日から始まり第3話まで進んだところで、直虎の幼少期の「おとわ」役の新井美羽ちゃんの名演技に引き込まれているところです。
物語にしばしば登場する場所の龍潭寺のすぐ北隣に井伊谷宮があります。今年は、NHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」の放映の影響もあって、昨年よりも多くの初詣で賑わったとのことです。この日も、龍潭寺と共に駐車場がいっぱいになるほどの参拝者で例年にないほど賑わっていました。
井伊谷宮(いいのやぐう):静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1991-1
御祭神「宗良親王」は、後醍醐天皇第四皇子であらせられ、今より約650余年、動乱の南北朝時代に一品中務卿(いっぽんなかつかさきょう)征東将軍として、この地を本拠に50余年の間、吉野朝方のためにご活躍になられました。
その間、遠江・駿河・三河・甲斐・信濃・越後・上野・美濃等を転戦し、信濃宮・上野宮・越中宮と尊称されました。
親王は、御幼少の折から出家せられ、やがて京都比叡山天台座主となられましたが、時代の波は親王にも及び、還俗して宗良親王となり、戦陣の中へ身を置かなくてはならなくなったのです。
また親王は、御幼少の頃より、和歌に秀で、終生和歌の道の聖と仰がれました。唯そのご生涯は、誠に悲惨な人生であり困苦辛難に満ちたものでしたが、準勅撰「新葉和歌集」(吉野朝の歌人だけ集めた)の編纂を始め、親王の歌集である「季花集」など当時の歴史資料としても貴重な和歌を多く遺されました。
晩年再びこの地を訪ねられ、元中2年8月10日御歳73歳を以ってこの地に崩御されたと伝えられています。
御神徳;
和歌に秀でておられたことから「学徳成就・合格」の神様として崇められ、また73歳と、当時としては大変長寿であられたため「長寿・除災開運」の守護神として信仰されています。
御由緒;
当宮は、明治5年に明治天皇の思し召しにより御鎮座、翌6年には静岡県内でも数少ない官幣社(井伊谷は官幣社)という格式高い神社となりました。以来、昭和5年には、昭和天皇が御親拝になり、続く昭和58年には、現在の天皇皇后両陛下がご参拝される等、皇室とも大変深い神社であります。
(井伊谷宮公式ホームページより)
宮内には全国的にも珍しい「絵馬資料館」があり数千点の絵馬が展示されています。
井伊谷宮の看板。

井伊谷宮の境内案内。

井伊谷宮の由緒の説明看板。

大鳥居。


手水舎で身を清め・・・。

拝殿にお参りしました。

拝殿と奥が本殿です。

資料館です。

史郎館の入り口には、「おんな城主直虎」ゆかりの地浜松のポスターも・・・。
