郡上八幡の名水百選、宗祇水(そうぎすい)を見学しました。

 9月15日~16日、1泊2日で奥美濃・飛騨バス旅行に行った続きです。

 2日目、飛騨大鍾乳洞を見学してから、東海北陸自動車道の白鳥IC近くの道の駅しろとりで昼食・買い物をして、郡上八幡へより市街を散策しました。

 郡上八幡は、水のまち、歴史のまち、技のまちとしてよく知られています。

 ・水のまち・・・郡上八幡は水の城下町。用水路や水舟、共同井戸など水を活かした生活文化が引き続がれています。

 ・歴史のまち・・・文明3年(1471)飯尾宗祇(いのおそうぎ)は、郡上の領主・   東常緑(とうのつねより)から古今伝授を受けました。二大家人が歌を詠み交わしたのが、宗祇水(名水百選)と伝えられています。
 江戸時代、郡上農民が蜂起した郡上藩宝暦騒動は、藩主・金森氏を改易に追い込んだ、歴史に残る農民一揆です。

 ・技のまち・・・400年以上の歴史を持つ日本三大民謡の郡上おどりがあります。
 染め職人、渡辺庄吉氏による岐阜県重要無形文化財・郡上本染めの技が残っています。水の美しい土地が生み出す深みのある藍染などが有名です。
 人間国宝・故宗廣力三(むねひろりきぞう)氏が創作した郡上紬は、草木染めによる素朴な色合いと光沢が魅力です。絶妙なグラデーションは、美術品としても卓越した作品です。
 日本一と称される郡上鮎。清流長良川、吉田川で使われる釣り道具の数々も美しい伝統工芸品です。
 さらに、郡上で発展を遂げた食品サンプル。岩崎瀧三が研究を重ね、事業化に成功しました。郡上八幡は食品サンプルの故郷です。

 これらの水、歴史、技が満ち溢れている町が郡上八幡です。市街を散策しながらこれらを見て歩くのも楽しみです。

 バスの中で配られた郡上八幡の散策マップです。
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 郡上八幡のポスター。
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 郡上おどりのポスター。
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 まず、日本名水百選の宗祇水を見に行きました。
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 宗祇水:

 小駄良川のほとり、宮ヶ瀬橋の近くに昔よりこんこんと湧き出る泉がありました。夏は冷たく、冬は暖かいところから、周辺住民の「生活も水」として使用されていた。清らかな水が湧き出ることから清水(しみず)と呼ぶこともあった。
 宗祇水の名の由来は、連歌の宗匠として知られた飯尾宗祇が文明年間この泉のほとりに草庵を結んで、この清水を愛用したところから名付けられたものである。
 時の郡上城主であった東常緑は、藤原定家を祖とする二条派の武家歌人として知られていた。宗祇が山深い郡上地を訪れたのは、常緑から古今集の秘事を伝授してもらうためであった。
常緑の奥義の伝授(古今和歌集20巻の解釈及び秘事口伝言など)は文明3年
(1471)から5年までのおおよそ5年にわたって行われた。

 ・・・・(中略)・・・

 以来宗祇水は史跡として、また住民の生活の水として守られてきたが、大正6年9月有志相集い宗祇倶楽部を結成して史跡保存に努めた。のちに宗祇水奉賛会が受け継いでいる。
 昭和47年8月、町史跡文化財、49年3月、県の史跡文化財の指定を受けた。毎年8月20日には、宗祇と常緑にまつわる古今伝授の優雅な遺徳を慕い、縁日(宗祇水神祭)と定め、狂俳、連句の奉納のほか文芸祭や宗祇研究のシンポジュウムなど文化活動が盛んである。
 昭和60年宗祇水は、全国名水百選の一番手として環境庁の指定を受け、名実ともに、「水の生まれる町}郡上八幡の名勝となった。
                   ( 宗祇水のパンフレットから。)

 宗祇水のパンフレット。
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 宗祇水へ通じる石畳。
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 宗祇水の説明と注意事項が書かれています。
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 祠は水源。
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 一番上が飲料水、二番目が米等洗い場。三番目が野菜等洗い場、四番目がさらし場、最後が桶等を付けておくところです。
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 小学生たちも見学に訪れていました。
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