浜松市北区引佐町井伊谷の井伊直虎ゆかりの龍潭寺の庭園でサツキが満開になりました。
6月8日(土)、晴れ:
昨日の雨は止み、今朝は雲が多いながら晴れています。
昨日は、東海、北陸、関東甲信越、東北南部が梅雨入りになったとのことです。いよいよ鬱陶しい梅雨の季節に入りました。今日はその梅雨のつかの間の晴れ間の様で、お出かけ日和です。楽しみましょう。
6月2日に豊橋市伊古部町の伊古部ささゆりの里と湖西市新居町の中之郷配水場の斜面のササユリを見に行きましたが、その後で、浜松市北区引佐町井伊谷の龍潭寺へも行ってきました。
龍潭寺:静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1989
龍潭寺の歴史は古く、奈良時代行基菩薩開創と寺伝にあります。龍潭寺のある井伊谷は、古く「井の国」と言われ「井の国の大王」が治めた土地です。
平安時代井伊氏の元祖井伊共保が生まれ、井伊氏は遠江の有力武士として、既に保元物語にその名を連ねています。
鎌倉時代、源頼朝に仕え、南北朝時代には後醍醐天皇皇子、宗良親王を井伊城に迎え北朝軍と戦った名門です。
室町時代二十代井伊直平に帰依された黙宗瑞淵禅師が新たに龍潭寺の開山となり、遠州地方に京都妙心寺の流れをくむ臨済宗を広め、臨済宗妙心寺派の法灯を伝えています。
二十四代井伊直政は徳川家康に仕え、井伊の赤鬼と恐れられる活躍をしました。この直政を後見人として養育したのが、二十二代井伊直盛の一人娘井伊直虎です。龍潭寺二世南渓和尚の計らいで女城主として井伊家を支え、お家断絶の危機から救いました。後に直政は徳川四天王の筆頭に出世、関ケ原合戦の後、彦根に移ります。
幕末井伊大老井伊直弼が戒告の偉業を成し遂げます。龍潭寺はその千年余り、四十代の祖霊を祀る井伊氏の菩提寺として、彦根龍潭寺と共に、その歴史を今日に伝えています。
龍潭寺庭園:
小堀遠州作龍潭寺庭園は、江戸時代初期に造られた池泉鑑賞式庭園です。
小堀遠州は滋賀・長浜の出身で、「遠州流」の茶道を興し、二条二の丸庭園の作庭等をした当代一の文化人である。また、駿府城の作事奉行を勤め、同じ作事奉行を勤めた二十五代直孝とは親しく、その依頼により造られたと言われています。四季折々の変化に富み、多くの来観者が訪れます。昭和十一年に国の名勝記念物に指定された東海の名園です。
( 以上、龍潭寺のパンフレットから )
名勝龍潭寺庭園の石碑。
龍潭寺の境内案内看板。
龍潭寺の説明看板、
山門。
龍潭寺の小堀遠州作の池泉鑑賞式庭園。サツキが満開です。





















