harappa! -4ページ目

harappa!

自分の「真ん中」を追い求めるためのブログ。
日々感じたこと、考えたことを綴ります。

わりと納得の結果でした。

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未来志向

「もし・・・だったら、どんなに素晴らしいだろうなぁ」と、あなたは水平線の向こうを目を細めて見つめることを愛するタイプの人です。未来はあなたを魅了します。まるで壁に投影された映像のように、あなたには未来に待ち受けているかもしれないものが細かいところまで見えます。この細かく描かれた情景は、あなたを明日という未来に引き寄せ続けます。この情景の具体的な内容――より品質の高い製品、より優れたチーム、より良い生活、あるいはより良い世界――は、あなたの他の資質や興味によって決まりますが、それはいつでもあなたを鼓舞するでしょう。あなたは、未来に何ができるかというビジョンが見え、それを心に抱き続ける夢想家です。現在があまりにも失望感をもたらし、周囲の人々があまりにも現実的であることが分かった時、あなたは未来のビジョンをたちまち目の前に呼び起こします。それがあなたにエネルギーを与えてくれます。それは、他の人にもエネルギーを与えます。事実、あなたが未来のビジョンを目に浮かぶように話すのを、人々はいつでも期待します。彼らは自分たちの視野を広げ、精神を高揚させることができる絵を求めています。あなたは彼らのためにその絵を描くことができます。描いてあげなさい。言葉を慎重に選びなさい。できる限りその絵を生き生きと描きなさい。人々はあなたが持ちこんで来る希望につかまりたくなるでしょう。

責任感

あなたは責任感という資質により、自分がやると言ったことに対しては何でもやり遂げようという強い気持ちを持ちます。それが大きかろうと小さかろうと、あなたは完了するまでそれをやり遂げることに心理的に拘束されます。あなたの良い評判はそこから来ています。もし何かの理由であなたが約束を果たせない時、あなたは相手に対してそれを何らかの形で埋め合わせる方法を無意識に探し始めます。謝罪では十分でありません。言い訳や正当化は問題外です。あなたは埋め合わせが終るまで、生きた心地がしません。このような良心、物事を正しく行うことに対する強迫観念に近い考え、非の打ち所がない倫理観、これらがすべてあいまって「絶対的に信頼できる」という高い評判を生み出すのです。人が新しい責任を誰かに任せる時、まずあなたに目を向けるでしょう。あなたがその責任を必ず果たすことを知っているからです。人々があなたに助けを求めてくるとき――すぐにそうなるでしょうが――あなたは選ぶ目を持たなければなりません。進んで事に当たろうとするあまり、できる範囲以上に仕事を引受けてしまう場合もあるからです。

規律性

あなたの周りのことは全て予期できる必要があります。何事も秩序正しく計画される必要があります。すなわち、あなたは本能的に自分の周りのことを秩序立てています。毎日の日課を決めます。あなたはものごとの進捗状況と締め切りに気持ちを集中します。長期的なプロジェクトは、連続性のある具体的な短期計画に分割し、一つひとつの計画をきちんと実行していきます。あなたは必ずしも几帳面でもきれい好きでもありませんが、決めたことが完璧に完了されることを求めています。人生には必ず混乱がついて回りますが、それに直面した時、あなたはその状況をコントロールしていると感じたいのです。日課、進捗状況、秩序立て、これらすべてが、この状況をコントロールしているという感覚を生み出しています。この規律性という資質を持っていない人たちは、あなたの秩序立てたいという欲求にいらいらすることがあるかもしれません。しかし、衝突を避けることはできます。あなたは、誰もがあなたのように何でも予測できることを望んでいるわけではないと理解しなければなりません――彼らは物事を達成する他の方法を持っているからです。さらにあなたは、あなたが秩序立てを必要としていることを彼らに理解させ、更にはその価値を認めさせることさえできるのです。予想外の出来事に対する嫌悪感、誤りに対する苛立たしさ、あなたの日課、細かいことを突き詰める傾向、これらはどれも、人の行動を制限しようとする命令的な振るまいだと誤解されてはなりません。むしろ、これらの行動は毎日の生活で起こる障害に直面した時、あなたの前進と生産性を維持するための本能的な生き方であると理解されるべきです。

調和性

あなたは同意点を求めます。あなたは、衝突や摩擦から得るものはないという考えを持っているため、そのような争いを最小限にしようとします。周囲の人々が異なる意見を持っていることが分かると、あなたはその中の共通する部分を見出そうとします。あなたは彼らを対立から遠ざけて調和に向かわせようとします。事実、調和はあなたの行動を左右する価値観の一つです。人々が自分の意見を他人に押しつけるために無駄にしている時間の多さは、あなたには信じがたいほどです。もし私たちが意見を述べることを控え目にし、代わりに同意や支援を求めるようにすれば、皆がもっと生産的になれるのではないでしょうか? あなたはそうなると信じています。そしてその信念によって生きています。他の人が自分の目標や、主張や、強く抱いている意見を声高に話している時、あなたは沈黙を守ります。他の人がある方向に動き出すと、あなたは調和という名のもとに(彼らの基本的価値観があなたの価値観と衝突しない限り)、喜んで彼らに合わせてあなた自身の目標を修正するでしょう。他の人たちが自分たちのお気に入りの理論や考えについて議論を始めると、あなたは論争を避ける方向に持っていき、全員が賛同できる、実用的で地に足の着いた事柄について話すことの方を取ります。あなたの見方では、私たちは全員同じ船に乗り合わせていて、この船をこれから行こうとしている所に到着させる必要があるのです。それはしっかりした船です。単に自分が船を揺することをできることを示すために、わざわざ船を揺する必要などないのです。

最上志向

優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要し、あなたはそこに全く意味を見出しません。平均以上の何かを最高のものに高めるのも、同じように多大な努力を必要としますが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他の人のものかに関わらず、強みはあなたを魅了します。真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな徴候を探し求めます。生まれついての優秀さ、飲み込みの速さ、一気に上達した技能――これらがわずかでも見えることは、強みがあるかもしれないことを示す手がかりになります。そして一旦強みを発見すると、あなたはそれを伸ばし、磨きをかけ、優秀さへ高めずにはいられません。あなたは真珠を光り輝くまで磨くのです。このように、この自然に長所を見分ける力は、他の人から人を区別していると見られるかもしれません。あなたはあなたの強みを高く評価してくれる人たちと一緒に過ごすことを選びます。同じように、自分の強みを発見しそれを伸ばしてきたと思われる人たちに惹かれます。あなたは、あなたを型にはめて、弱点を克服させようとする人々を避ける傾向があります。あなたは自分の弱みを嘆きながら人生を送りたくありません。それよりも、持って生まれた天賦の才能を最大限に利用したいと考えます。その方が楽しく、実りも多いのです。そして意外なことに、その方がもっと大変なのです。

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変えないといけない。
変わらなくちゃいけない。

今行なっている施策は外部環境と整合してないところが一部ある。
それによってモヤモヤが生じはじめている。
みんなも同じように感じているのだろうか。
疲労感と閉塞感。
この先に光が見えているのか。
今の仕事を続けたとして「よっしゃ、めちゃ楽しい!」という雰囲気になるのかどうか。

幸い小さなチーム。
業績も好調。
だからこそ変えないといけない。
ついネガティブになりがちだけど決して他責にしてはいけない。
今の流れの悪さの原因は、
仕事がきちんと出来ていないことにある。

学校の予習復習などやらなければいけないことも多いけど、
まず仕事が第一優先。

これが出来ていないまま勉強をしても精神的に不衛生。
もちろん、全ての仕事を片付けることは一生出来ないけど、
そこをどう折り合いをつけてやるかは考えないといけない。

学校で学んだことは仕事に生かすためにある。
だから仕事がおざなりになると本末転倒。

仕事ありきである。

勉強自体が目的にならないように。もしそうだったらモチベーションが下がった時に立て直しが鈍くなる。勉強をしたその先を考えよう。新たな知識を得た将来の自分をイメージをしよう。そうしたら勉強も頑張れる。
久々に居心地の良いお店に巡り合った。
扱っている商品も自分の好みと合い、
店員さんの接客も自然な感じで良い。

自分の場合、商品がどれだけ良くてもだめで、
店員さんとのコミュニケーション、お店の雰囲気が、
自分の決断に大きく影響することに改めて気付いた。

「いらっしゃいませ(キリッ)」、
「ありがとうございました(キリッ)」
某有名セレクトショップで見られるこんな光景。

自分はあまり居心地良く感じない。
もっと自然な感じで良いのにと思う。

しっかりとコミュニケーションした上での買い物が気持ち良い。
もし、自分が店長だったらそんなお店づくりをしたいと思う。
授業の振り返りもそう。
読書でもそう。

そこから学んだことを一言でまとめると何なのか。
これが言えないと本当に勉強したとは言えない。

今恐れているのは、忙しさに流されて、
ただ授業を受けている状態になってしまうこと。

これでは意味がない。
ひとつでも良いから自分の中に腹落ちさせることが大事。


悩んでるのは自分だけではない。
そんなことが何となく分かった。

ここまで絶望的に出来ないのは自分くらいなものと思っていた。
なぜこうも頭が悪いんだと。

このままで卒業出来るのかを考えると、
ついネガティヴになりがちな今日この頃であった。
でも、周りの人を見渡してみると自分だけが悩んでるのではないと感じられた。

もちろん激しく頭のキレる人もたっくさんいて、
そんな人たちは常にエネルギーに満ち溢れているように見える。

そういう人たちもいる、そうじゃない人もいる。
この事実に気づいて少しだけ気が楽になった。

とはいえ自分の能力を高めるには絶対的な「量」を増やすことが必須である。
もっと頑張らねば。。
実はびびっている。
海外で働きたいとは思うものの、
本当に自分に出来るのか?という見えない不安がある。

でも大事なのは英語力じゃない。
たとえカタコトでも要点さえ見極めることができれば、
仕事は出来るし、周りも認めてくれる。
上司の人はこう教えてくれた。

扱う言葉が英語であるということだけで、
頭の使い方は変わらない。

同様に身体のでかい小さいも関係ない。
頭が良く見えるだけだ。

ただこれも自分が実際に体験してみないと分からないことである。
やってみるしかない。

海外で働くこと。
まずはこれを目標にする。

食とか農業とか、
興味のある仕事はあるけど、
今でなくて良い。

それよりも、
今しか出来ないことをする。
先に世界を見てみることの方が大事。

決まったら方法を考える。
今までの経歴を生かすなら、
旅行関係の仕事に就くのでも良い。

学校があるため今すぐにとはいかないが、
目線はそちらに向けておく。
反応出来る体制はとっておけるようにする。

やらなければ0のまんま。
何も変わらない。
たとえ0.1でも、何かやれば変わる可能性がある。

上司は野球の例をよく口にする。
すなわち「バットは振っているのか?」ということである。

打席に立っても、バットを振らなければ意味がない。
バットを振れば、
ヒットになるかもしれないし、
ファールになるかもしれないし、
はたまたホームランになるかもしれない。

もちろん空振りの可能性もある。
しかし、空振りでさえもバットを振らないと分からなかった結果である。
結果が出れば、次に何をするべきか見えてくる。
やってはいけないのは見逃しである。

基本的に何かやってダメなことはない。
「何かやってみること」に対して自分の中でハードルを高くしすぎないことである。

そう自分に言い聞かせる。