息子の結婚観?
○2006年9月
友達の結婚式の感想を聞いた。
息子
「いい経験ができたよ!
教会で結婚式をやったんだよ。
出たことある?」
私
「あるよ、一応、沢山の結婚式に出ているからね。」
息子
「そうか~。いいよね。」
私
「でも、良かったよね。T君、結婚できて!
世の中には、結婚できない人もいるからさ・・・」
息子
「まだ、1,2を争う早さだよ。
僕は、少なくてもそんなことはないなあ~」
・・・
う~なんだ。今の発言。
それって、結婚できる自信があるってこと?
そうなんだ・・・
私
「あ~ら、私なんて、おばあちゃんに絶対結婚できないって
思われていたんだよ!」
息子
「すぐ、結婚したじゃん!フフ( ̄∀ ̄;)」
私
「確かに~( ̄Д ̄;;」
さて、私たちの結婚のことをどう思っているのだろうか?
しかし、結婚に関して決して否定的な考えを
持っていないことがわかって
ちょっと、うれしかったかな?
離婚を経験しているので、
結婚なんて嫌だとか。
結婚なんて意味がない。
と思われるよりいいかな~
少し、ホッとした反面。
あの自信の裏づけは・・・
23年経つとこんなもの。( ̄_ ̄ i)
【1984/02】子どもの笑顔に救われて・・・
○1984年2月
地獄のような毎日に本当につかれきっていた。
会社と家の往復。
みんなは、今まで通りの生活をしているのに、私には自由はない。
生まれたばかりの子どもには、表情はない。
だから、余計に疲れる。
夫は、仕事が忙しく、22時ごろの帰宅。
娘→嫁→母
こんなに簡単にシフトできるんだ~
こんなに立場が違うんだ~と思った。
家に帰ってきたら、洗濯と子どもの世話。
1年前までは、好きな時間に、好きなことをして、
自由に暮らしていたのに・・・と。
子どもを産まなければ良かったと思うこともあった。
子どもは、愛おしいと思うけど、かわいいと思えない。
たまには、子どものことを恨めしく思うこともあった。
寝不足などが重なると、神経が逆立っているのを感じ。
思わず、子どものクビを閉めたくなる思いがあった。( ̄∇ ̄+)
でも、もちろん、そんなことはやれるわけがない。
愛おしい。
でも、ある日。
こんな親になれないで悩んでいる私に対して、
無邪気な顔で、彼は私に微笑みかけた。
そう~初めて、笑ってくれたのだ。・°・(ノД`)・°・
すごくうれしかったし、今までの自分の思いを悔いた。
あ、こんな私でもこの子は、信じて笑ってくれるんだ。
と思った。
ごめんね~、ごめんね~(-_☆)
弱虫なママで、ごめんね~(-_☆)
と心の中で思いながら、
ぎゅーと抱きしめた。
この子は、私を親だと思って生きているんだ。(*゜▽゜ノノ゛☆
この子は、私を必要としているんだ。(*゜▽゜ノノ゛☆
そして、この子を一生守るんだ。(*^ー^)ノ
と、始めて思えるようになった。
ここで、やっと、
母としての一歩を踏み出したのかもしれない。
今日は、息子の友達の結婚式。
○2006年9月
あれから、23年。
息子の息子の同級生が結婚します。
もうそんな年になったんですね~
「よろしく!」と置かれた息子の
Yシャツにアイロンをかけ、
スーツにアイロンをかけ、
車で、大雨だったので結婚式会場まで送っていきました。
その頃、49歳だった母も、今年で72歳。
私が母の年に。息子が私の年に限りなく近づいています。
でも、おばあちゃんに預けてよかったと思っています。
「よろしく!」と置かれていったことは、息子は覚えていません。
覚えているのは、おばあちゃんに大切に育てられたこと。
だから、おばあちゃんにとっても優しいです。
そんな体験ができるんだから、
預かったおばあちゃんも預けられた息子も幸せなんじゃないかと思います。
(勝手な言い分???)
子どもを預けることに、罪悪感を持つことはないと思います。
みんなに育てられれば、みんなに優しくなれる
子どもに育つと思うからです。
【1984/01】出産後、初出社・・・
○1984年1月
出産後、初出社の日が近づいてきました。
あまり目立たない方がいいなあと思い、
思い切って、お正月明けに出社することにしました。
しかし、私の勤務時間は、
8:00-16:45(内休憩45分、実働8時間)と記憶しています。
その頃は、フレックスという勤務体系もなかったので、
とにかく、8時に出社しなければいけませんでした。
通勤時間は、約1時間。
実家まで徒歩10分。
実家から駅まで2分。
つまり、どんなに頑張っても6時45分には、
家を出ないと、8時には出社できない状態でした。
これから、子どもを連れて6時45分に家をでる
生活が始まりました!!(´□`。
2ヶ月の子どもをただただ抱きかかえ、
ダッシュで、実家までたどり着き、
「よろしく!」と子どもを置いて出社。
子どもは、実家のおばあちゃんのうちで落ち着いて
朝ごはんをたべさせてもらっていたようです。(*⌒∇⌒*)
しかし、その当時の法律でも、授乳時間と言うのが認められていて、
1日30分を2回とることができました。
これを、合わせて1時間とって、帰りの時間を早めにして欲しい。と
嘆願!
しぶしぶ労働組合が認めてくれた覚えがあります。
だから、15時45分に
ダッシュ帰宅。
守衛のおじさんに「一番だね~」とよく言われたものです。
17時ごろ実家にたどり着くと言う生活でした。
そして、お買い物をして、帰宅。
まだまだ紙おむつも高い時代だったので、
洗濯物も沢山。
おまけに全自動洗濯機でもなく。
毎日、大量の選択物を洗っていたように思います。
食事をしながら、洗濯機をかけて、
お風呂に入って、洗濯機をかけて。
22時ごろ、子どもを寝かしつけると一緒に睡眠。
気がつけば、朝。
そんな戦場のような生活でした。
今思えば、どうやって毎日過ごしていたか分かりません。≧(´▽`)≦
このとき、1つだけ失敗したなあと思ったことがあります。
それは、赤ちゃんを育てるには適した気候があるな~と言うこと。
夜起きるにも、8月に起きるのと、12月に起きるのは全く違います。
夏は、日も長いので、暗くなるのも遅いですが、
12月では、16時半でもすでに真っ暗。
気温も寒いし・・・
長男は、11月生まれなので、ここからどんどん寒くなっていきます。
だから、2ヶ月経って、外に出れるようになったとき、真冬。
これは、失敗したなあと思いました。
2ヶ月経って、暖かな春になっていれば、
日もそこから長くなるし、夏になる頃には、子どもにも体力もついている。
子どもを産むのに季節って大切だなあと思いました!!(*^ー^)ノ
息子たち・・・
○2006年9月
今、息子たちはどうなっているの?
●長男22歳。
相変わらずパチンコ屋さんでアルバイトをしています。
しかし、仕事は休まず行くので、とにかく今は何も言わずに、
彼がこの先どうするか、静かに見守っています。( ̄ー ̄)
厚生年金や保険料も自分で負担し、家にも生活費をわずかながら
入れるようになったので、ま、いいかなと・・・( ̄▽ ̄)=3
●次男19歳。
第一志望の大学には、いけなかったけど、とにかく大学生になりました。( ̄▽ ̄)=3
バンドが趣味らしく、たまに、ライブに行ったりライブに出たりしているらしい。
とにかく、親としては、大学を卒業してくれることを今はひたすらお願いしている。( ̄∇ ̄+)
しかし、バイトを全くしないことが悩みの種。
働くことが嫌いなのだろうか・・・┐( ̄ヘ ̄)┌
信じるものは救われる。
きっと、彼らは彼らの人生を彼らなりに切り抜け生きていくのだろうと
気楽に眺めていようかと・・・
子どもには、子どもの人生があり、
それをすべて覆いきれるものではないから、
今、私にできること、そして、これから私にできることを
考えて、いきていこうかなと・・・