分からせようとしない


って私の中ですごくしっくりくるワードだ




ここ最近のテーマだから


この前と同じような事書いてるけど。。




仕事の同僚に分からせようとしてたことに気づいた私は



もっとわからせようとしてた相手がいることに気付く…。










思春期の長男に




めーっちゃ


わからせようとしてた




コントロールは奪う意識ですよー


って、散々学んできたが



わかってなかったー



けど



ようやく腹落ちしそう。。


わかるときがくるんだね







わたし、理解に時間がかかるタチだけど



自分のペースでいいね








分からせようとしなくていいって


優しくて心地よい。




だって背負わなくていいんだよ、人のあり方を



人のあり方まで背負うなんて



普通にしんどいねネガティブ



気づかなかったけど。





それは

「あなたのことはもう知りません。今に痛い目みますよ。」


っていう見放したり攻撃の意識じゃなくて



もっと深いとこでの相手への信頼から発信されるもの




誰の人生もなるようにしかならないし


私のコントロールが届く範疇でないんだよね






職場のおじはまぁいいとして



無意識に

コントロールしまくって

わからせようとしまくって


そのたびに家のどこかを壊していく息子をみて


関係性に絶望していたわたし。


これまだここ1週間のはなし。






でも息子はね、やっぱり愛の中で関わりたいかな。大切だもん。




職場の同僚との気づきがあって



ミセスの「ぼくのこと」で改めて納得させられる


僕と君とでは何が違う?

それぞれ見てきた景色がある

僕は僕としていまを生きていく

とても愛しいことだ





パン1で寝る息子たちに愛おしさを感じながら


信頼をベースに関わりたいと願う夜。。