あなたは知っていますか?
生き物として扱われずに死んでいく犬・猫たちのことを!
80万頭の犠牲・300億円の浪費
1年間に全国の管理センターで殺される犬・猫は約80万頭で、その諸経費に300億円の税金が使われています。
現代のアウシュビッツ
事故や病気で横たわった犬・猫は即日、捕獲された犬は3日後にガス室で二酸化炭素による殺処分に、大きなゴミバケツに無造作に放り込まれ処理されます。ガス室のもがき苦しみ叫ぶその様子は地獄絵そのものです。殺処分の方法はガス室の処分の他に、内臓破裂で殺す極めて残虐な真空殺、地方に多い薬殺、撲殺がおこなわれています。
死への道
保健所やマスコミ報道などで殺処分について「安楽死」という言葉が使われていますが、ガス室にたどり着くまでの過程でもさまざまな暴力や苦痛、恐怖があります。行政の唱える「動物愛護に基づいて」や「安楽死」などのまやかしのセリフは無責任な飼い主を助長しています。また、管理センターによっては、処分に際して管理職員は立ち会わず、外部の皮革業者に委託している所もあるのが現状です。
処刑を他人に任せるシステム
日本における引取り、犬・猫の終末処理は衛生局の管轄なのでゴミ処理的な考えのもとに行われていて、実際ゴミ処理のようなシステムで処分されています。行政は殺すことを業務とし、自ら飼い主を探すわずらわしさは行わない、捕まえておきながら、犬・猫の運命には無関心です。また、殺すことが第一で、何の改善努力もしない。嫌なものに目をそらし、事実に目を向けない国民の無知の上にあぐらをかく役人の怠慢の姿勢が現状にあり、これも問題のひとつにあるのではないでしょうか。本来自然を含め動物は人間の都合で扱うものではないこと、感情のはけ口ではなく、共生していく上で学ぶものであること。犬や猫たちも人間と同じ重さの命を持ち懸命に生きていること。犬・猫の運命は飼う人間次第できまります。なんら罪のない生命は邪魔ものとして見捨てられてしまいます。身勝手な人間には何の罪もないのでしょうか?動物に関しての先進国の欧米などの国との相違は動物を痛みや恐怖を感じる生き物として扱うか、日本のようにゴミ扱いするかの違いにあります。
手軽な実験材料

手軽な実験材料として毎日大量に使い捨てされる犬・猫をはじめ多くの動物たちが犠牲になっています。無責任な飼い主のおかげで成り立っている現代医学は、命を粗末にするだけではなく、人間の感覚をも麻痺させています。現在動物を実験に使わなくても、実験する方法は複数方法あります。

山や川や町に毎日の様に安易に捨てられていますが、9割は事故や病気等で死んでしまうことを知ってください。人間も生きていくのは大変ですが、人間社会に人間よりも弱い立場にある動物たちはもっと大変で、この社会で生きる人間は動物達を守る義務があること。動物と暮らせない社会は健全な社会ではなく、動物を大切にできないことは心が貧しいことです。(特に福岡は殺処分数ワースト1でこれは恥ずべきことです。)これ以上不幸な犬・猫を出さないためにも、動物たちに目を向けてください。何ができるかを考えてみてください。犬や猫たちは無償の愛を与えてくれますが、人間は犬・猫たちにどういう扱いをしているか今一度考え見直してください。