ちょっと微妙にスピリチュアルな話

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今日のキーワード:誘われるままどこへでも行く

 

黄色い戦士の6日目です。

黄色い戦士の期間に私が学んでいることが

「うまくできなくてもいい、とりあえずやってみる」

です。

 

私の中に、どうやったらうまくいくか?

ベストな方法は何か?

 

こんなことを無意識に考えていることに気づきました。

 

だから、行動する前に、

どうしたらいいか迷ったり、考えたりしているのです。

そこには

ちょっとした、ストレスが生まれます。

 

「めんどくさい、やりたくない」

そんな感情もうごめいているのを感じます。

 

仕事をやめてしまって、

来月から収入が絶たれるということも

不安要素の一つです。

だから、よけいに打算的な思いがよぎるのかもしれません。

 

昨日は日本に帰っている間、

「インターネットの接続はどうしたらいいのか?」

 

この問題を解決しようと

娘に調べてもらったりして

あれやこれや検討していました。

 

3か月という期間であるということも

中途半端ですからね。

父はスマホも持たないし、

実家にはネットの接続環境が全くありません。

 

夫にとっても日本にいる間、

ネットがなければ韓国語のコンテンツを視聴することができません。

今更、日本語を学ぼうなんて思いはみじんもない夫に

それはちょっと酷な環境じゃないかと思って、

あれこれと模索しました。

 

それで、考えれば考えるほどわからなくなってしまいます。

娘もいろいろ調べてくれて助言してくれますが

それでうまくいくのかなと思っている自分がいるのです。

 

そこででてきたのが、

 

「うまくできなくてもいい、とりあえずなんでもいいからやってみよう」

 

黄色い戦士の娘を見ていると

こんな風に生きているような気がします。

 

何度も何度もダイエットに挑戦しては失敗を繰り返していますが

私からしたら、それはいい方法じゃないし、

お金の無駄だけではなく、

体にとっても悪影響を与えるとわかっていても

いくら私が伝えても

自分でやってみないと気が済まないのです。

 

他のことにしてもしかりです。

 

それが彼女の「生き方」でもあるのかもしれません。

 

マヤ暦に出会う前は

そんな娘の姿に

「親の言うことを聞かないわがまま娘。金食い虫」

そんな風に思って、責めまくっていました。

 

そのたびに自尊心を傷つけられてきた娘です。

 

黄色い戦士は「七転び八起き」

という生き方を実践してるのかもしれません。

 

そしてちょうど黄色い戦士の期間で

私自身も黄色い戦士の年回りですから

 

「うまくやろうと思う気持ちを手放す」

 

この言葉にものすごく共鳴させられたわけです。

 

「大丈夫、すべてはうまくいくようになっている。」

 

これもマヤ暦の学びにとって

とっても大事な要素です。

 

これが宇宙(神)を信じる生き方です。

 

そしてある意味、もう信じる生き方の時代が終わって

私自身が宇宙とつながって

自分の意志で未来を創っていく時代なのではないかと思ってます。

 

ようは「うまくいくようになっている」と信じることから

「うまくいく」と決めて生きる時代です。

 

 

父が今回無事退院できたのも

お医者さんからは

「口から物を食べれるようになるには、手術をしないといけないが

その手術自体できるかどうかわからない。」

そう言われてきました。

 

それに父がどれだけ落胆し、

もう、生きていてもしょうがないとまで思ってしまっていたわけです。

 

でも、そんな父を励ましかったのと

まだまだ父と一緒に過ごすことを思い描いていた私は

「父が再び食べれるようになる世界線に飛ぶ」

と決めた瞬間がありました。

 

ちょっと、スピリチュアルがかってますが

それを父にも伝えたわけです。

 

「私がお父さんが食べれるようになるって決めたから

そうなるから大丈夫だよ」

 

って、なんの根拠もなく伝えました。

 

 

そしたら本当に奇跡的に

手術もしてないのに

食べれるようになって、

あっという間に退院の日が早まってしまいました。

 

本来は今日が、お医者さんと今後の治療方針を相談する日でした。

退院できるかどうかもその時わかるって言われてたのに

2週間近くも退院が早まりました。

元気にご飯も作って食べて、おそらく禁止されている

お酒も口にしているようです。

 

どんな世界を夢見てますか?

 

その夢、本当は全てかなえることができるのかもしれませんね。

 

黄色い戦士の5日目です。

日本に行くことが決まって

応援のメッセージもいただきました。

そういう中で気づかされたことは

何であんなもやもやとしたそれでいて

不安感が押し寄せるような日々であったか??

ということです。

 

ようは

私が目指していたことが

「家族みんなにとってベストな方法は何か?」

 

だったわけです。

 

そして、家族みんなが納得できる方法なんて

なかったことに気づかされました。

だれかは我慢したり、妥協したりしなければ

答えはでなかった。

 

これまでだったら私が我慢すればいいだけ

と思って生きてきたかもしれません。

 

でも、そうではなく、誰が我慢するとか

うまく調整するとかではなく

 

「何が天の願いであるか?」

 

次元の高いところから全体を見ることがだったのかもしれません。

 

黄色い戦士が始まって

黄色い戦士といえば、

「自問自答」のエネルギーです。

 

私もダイアリーに黄色い戦士の期間は

「問いを立てる」ということをいつも以上に

意識してみようとスタートしました。

 

そして、実は

「日本に行くべきか?先延ばしにするか?」という問いの前に

 

「私の天分は何か?」

 

と残してありました。

 

天分に生きることで

宇宙(神様)が応援してくれます。

 

エゴに生きると

それも悪いわけではないと思うのですが、

自分の力で頑張らなければならなくなります。

 

ところが私の迷いの中に

家族みんなの納得する形で決断しないといけないのではないか

と思っていたので、迷宮入りしてしまったのです。

 

日本に行って父の傍にいてあげたいというのは

私のわがままではないのか?

でも、父のことを思ったら

それくらいしてもいいのではないか?

気持ちよく私の日本行きを承諾してくれない夫に対しても

なんで???

と責める思いも湧きました。

 

夫の心無い言葉に心がズタズタにもなりました。

 

もう、熟年離婚という言葉が頭に浮かんだくらいですよ。

 

でも、解決方法はいたってシンプル。

何気に

ダイアリーに問いを立てただけ。

「私の天分は何?」

 

天の願いは何なのか?

と問いてみただけでした。

 

そうしたら動き出しました。

周りが。

 

そして今回の「日本行き」がすっきりと決まったのです。

 

そして昨日、出会った言葉です。

 

「人生をうまくやろうと思う気持ちを手放す」

 

ああ、私、ベストな方法は何かを思い続けていたんだな。

 

うまくやらなくてもいい。

そこを手放して、

それよりも大切なのは

 

「前に進むこと」

 

と教えてもらいました。

 

 

そして「自分が思う在りたい姿で生きる」とありました。

 

そこには必ず生まれる前に決めてきた姿があるはずです。

それが「天分」

 

それをみんな探し求めているのかもしれません。

 

そんなことをノートに書いていたら

ひとつ出てきたことがあります。

 

私のしたいこと。

 

それもいたってシンプル。

 

人との縁を大切に生きる。

人に会い続けようです。

 

昨日も日本に行く前に

ヘアダイをするために行きつけの美容室に行ってきました。

 

美容師さんが「私とおしゃべりするのが好き」と言ってくれました。

 

これまで聞いたことのなかった

人生の苦労話もしてくれました。

 

苦労をしたことがない人はいないよと言いながら。

 

決しておしゃれなお店でもないし、

近所の日本で言えば昔ながらの「パーマ屋さん」ですが

長女さんがアメリカ人と国際結婚してアメリカにいます。

知り合いの方が日本で一人暮らしをしているとか。

ちょっと国際的でした。

 

おとといも久々に韓国人のオンニに会ってきました。

会いたいと向こうから連絡をくれて本当に感謝でした。

 

オンニは過去に区議会選挙に出たことがある

なんて話を告白してくれました。

知らなかったのでびっくりしましたが

高校時代にガールスカウトで国際交流したときに出会った

日本人の子の印象がとっても良くて

それから日本に対して好印象を持ってきたんだよと言ってくれました。

 

こうやって、因縁のある人たちに出会わされている。

 

私が韓国に来た大きな目的も

「韓国と日本が仲良くなってほしい」

でした。

(アメリカで出会った韓国人留学生からの言葉に衝撃を受けて)

韓国人の日本に対する「恨(ハン)」を解いていきたかったのです。

 

もしかしたら天にそう思わされていたような気がします。

私のエゴから来る思いではなく

天の願い。

 

みんな役割を持って生まれてきてます。

お母さんという役割もすごい役割です。

一人ひとりが尊重される世の中を目指して

マヤ暦の教えも広めていけたらいいなと感じます。

 

黄色い戦士の3日目です。

黄色い戦士は自問自答を常に繰り返しているみたいです。

常に何かに挑戦したい気持ちが根底にあるのでしょうね。

 

黄色い戦士が始まって、

仕事をやめて日本にいつでも行ける準備はできたけど

自分ひとりだったらすぐにでも日本に行こうと決意もできたかも

しれませんが、夫もいてまだ就職が決まってない娘がいて

そんな状態で彼らの気持ちも確かめないとと思うがあまり

どうしていいかわからない

そんなどっちつかずの気持ちを味わいました。

 

不安なのか、そのような決まらない心がじれったいのか

いままで味わったことのない不安感でいっぱいになっている自分です。

 

とりあえず、ダイアリーに書きました。

 

「日本に行くべきか、先延ばしにするべきか」

 

1か月先ですが、産後ケアマネジャーとしての仕事が決まった状態で、

夫も短期の契約で仕事をすれば、契約がきれると同時に

失業保険がもらえることがわかりました。(今回は申請もできなかった)

 

そういう状況をみると

私も夫もとりあえず仕事をして

日本行は先延ばしにするのがいいのだろうなと

思いつつも、心が定まらず、もやもやが消えないのです。

 

そうしたら、まず第一弾!

 

技術を学びに教室に通っていましたが、

 

自分には合わない、つまらない、

時間の無駄だからやめることにした。

だから就職活動することにする。

もう、お弁当作らなくていいよ。

 

黄色い戦士も娘は

途中挫折も全然平気です。

それよりも自分には合わないとわかったら

次の段階に進みたいのです。

 

それから、日本の義妹から病院の先生との

父の治療方針の話し合いの結果を聞きました。

 

抗がん剤がよく効いたので

あと、3回くらい入院して治療をすれば

根治できる可能性がある。

と言われたのに、

父はその治療を拒否したということでした。

 

2か月間の入院で、

つらかったのかもしれません。

認知症の気も出てきてしまって

本人もそれを自覚しているのです。

 

それに死ぬ前にもう一度

故郷に行って、友達や親せきに会いたい。

韓国にも行って、孫やひ孫たちに会いたい。

 

それが父の願いなのです。

入院していた時、

抗がん剤の治療で体力が弱り

一時はその願いが叶いそうもなくなってしまったことを

とっても悲しんでいたのです。

 

それなのに、

奇跡的に回復して

ご飯が食べれるようになって、

その願いが叶う状態にまでなりました。

 

だから、治療によって

また体力を奪われて

願いをかなえられなくなることを恐れているのかもしれません。

または大好きなお酒やたばこができなくなることが

嫌なのかもしれません。

(禁止されているお酒は退院と同時に解禁してしまったようです)

 

そんな父の気持ちを察して、

決意しました。

 

私が日本に帰って、一緒に田舎に行って

一緒に韓国に連れてこよう。

 

父も自分の願いがかなったら

治療を続けてもいいと思うかもしれないし、

施設にお世話になることも受け入れられるかもしれない。

 

先のことはわからないけど、

まず、父の願いをかなえてあげよう!

そう思ったら日本に行くことが決意できました。

 

夫も承諾してくれました。

 

ここで、また失敗してしまうのですが、

夫が承諾してくれたのだから

素直に「ありがとう」でいいのに、

本当にそれでいいの?と夫の気持ちを確かめたいのです。

納得しているのか、そうしてあげたいという思いでいるのか??

 

「それ以上、何も言うな」

 

私と同じ気持ちで父の元に行くわけじゃないのは当たり前なのにね。

それを要求している自分のエゴに気づかされます。

 

父にそのことを伝えると

大喜びしてくれました。

生活費は心配しなくていいからなんて言ってましたが

行ってみないとわかりませんね。

 

やっと私の心にも平安が戻ってきましたが、

それでも夫の不安そうな気持ちを感じると

また揺れ動きます。

 

今朝読んだ雑誌「致知」の記事に

ある医師の方の対談がありました。

その中で

 

「人は皆、自分の人生の物語を生きている。

病気になってもその物語を生きている。

死ぬことが決まっていても自分なりの楽しみを見出して

生きる工夫を続けている。

それは医学の常識では理解できない部分です。

なぜかというと、

医療者は死んだことがない、

死を経験したことがないからです。」

 

緩和ケアをされてきた医師の方は

患者さんがお酒を飲みたいと言えば

気管切開してふつうは飲めないのに、

特別なチューブに変えて飲めるようにしてあげた。

とありました。

 

こういう、ケアの方法もある。

病気を完治させるだけが目的じゃなくて

最後まで自分の生きたいようにサポートしてあげる医師たちの

対談を読んで、

私の決断を応援されているように感じます。

 

ということで

来週、夫と一緒に3か月間の予定で

日本に帰ります。

 

どんなことが待ってるでしょうか?

夫にとってもこれまでの忙しかった人生を

振り返って、自分に対するご褒美の期間として

人生を楽しんでほしいですね。