ちょっと微妙にスピリチュアルな話

ちょっと微妙にスピリチュアルな話

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黄色い種の8日目です。

どんな種を自分の中に感じてますか?

種ってある意味、持って生まれた才能ですよね。

自分の中に眠っている才能です。

自分では当たり前のようにできてしまったりするので

それが才能であるとは気づいていない場合がほとんどです。

誰しも、そんなことはできるはずと思い込んでいたりします。

だから、才能は人からよく言われることの中に潜んでいたりします。

 

特に言われることはない?

そんな風に思ってるかもしれませんね。

気づいていないだけです。

 

私は昨日、最近始めたネイティブ英会話のクラスで

「いつも幸せそうに笑ってますね。」

と言われました。

 

これって私にとっては本当に当たり前です。

だって、人に会うってことは

この上なくうれしいことなんですよ。

自然に笑顔になります。

 

 

ところがです。

その後、いつものことなんですが

こんなことが起こりました。

 

金曜日は午前中に、配達区域に位置している

文化センターで英会話とピラティスの講座を受けて

午後から仕事に合流することになってます。

 

スマホはマナーモードにしてあるわけです。

 

昨日はターミナルのトラックの搬入が遅れたとのことで

私が待つ形になりました。

ちょうどいいと、その間に銀行に行く用事をすませることにしました。

ちょうどお昼時ということもあって

1時間近く待つことになりました。

それでも無事用事を済ませ、

まだ、時間がかかるのだろうかと夫に電話をしようとしたところ

不在中の電話がかかってました。

 

すっかりマナーモードにしていたことを忘れてたので気づきませんでした。

 

それでもつい、数分前の記録でしたので

ちょうどいいタイミングだったと電話を掛けると

「なんで電話に出ないんだ」とかなり腹を立ててました。

 

まあ、いつものことです。

ちょっとでも出勤時間が遅くなったりしても

不機嫌そうに「何をしていたんだ」と怒鳴られます。

 

私に対してだけでなく

誰に対しても

相手の事情というものがあるということを

考えてみるゆとりがないように感じます。

 

”完璧主義”

 

でしょうか?

 

これって黄色い星の特徴なんですが、

実はうちの夫の古代キンを調べてみたら

K228(黄色い星・白い風・音7)

かの大谷翔平選手と同じナンバーでした。

 

この黄色い星のエネルギーが強くなって

バランスを崩すと、

相手に完璧を求めて厳しくなります。

完璧主義がゆとりを失わせます。

 

この特徴がうちの夫には強くでます。

特に仕事をしているときはこのモードです。

 

許しがないと言うのは

本当に苦しくなります。

 

私が電話をとらなかったということで

それもほんの数分遅れたというだけで

一日中、無言の怒りの波動を浴びせられます。

 

さて、これをどのように解決したらいいのでしょうか?

 

私自身も夫のこのような性分を

「しょうがないわ」と許すしかないのでしょうか?

 

 

改めて感じるのは

やっぱり最高の利他の精神は

”ご機嫌でいること”に至ります。

 

それができる才能をおそらくですが

青い猿(私の紋章)って持っているのかな。

そして夫にはそれが普通にはできないこと。

 

努力が必要なことなのかもしれません。

 

いつか、気づいてくれるといいな。

 

そんないつもキリキリしてたら病気になるよって

言ってあげてるんですけどね。

 

 

最近、末娘が自分の恋愛相談のために

占い師のところを訪れたというのですが

そこで、言われたのは

「お父さんが体がかなり悪くなってるから胃の内視鏡の検査をするように」

ということです。

 

占い師ってこんな家族のことまでわかるのでしょうか?

同じ、先祖だからね。

ご先祖様が占い師さんを通して伝えてくれてるのでしょうか?

 

全ては天の御心のままに。

 

そんな心境でいます。

 

今日は”考えない”ことがテーマとなります。

考え込むとぬけれなくなってしまうというエネルギーです。

 

別にそれが悪いわけではないですよね。

そこに気づくということが良いのかもしれません。

 

 

昨日は午前中フリーで、時間があったので

ちょっとおろそかになっていた家事ができるかな

と思っていたら、時間があるのをいいことに

これまた手にしてからなかなか読めてなかった

「アナスタシア」の2巻(順番に読んでみようと思ってます)

を読み始めたらやめられなくなっちゃって

結局、掃除もできないまま仕事に行くことになってしまいました。

 

 

今は世界で戦争が起こってますが、

なんで人は戦争なんて恐ろしいことを始めることができるのだろうと

普通に思いませんか?

 

核兵器だって地球を滅ぼせるくらいの数を

人類は作ってしまいました。

 

過去に地球上でも7回だったかな?

人類滅亡したと言ってる人もいます。

 

今回も地球が滅亡しないように

宇宙人たちがたくさん助けにきているなんてことも

本当かどうかは別にして耳にすることもあります。

 

 

そして平和な世界を作り出すカギを

日本人が握ってるんだよなんてことも聞きます。

 

日本には’和’という精神が根付いてるからね。

 

敗戦後に日本人の精神を弱体化させるための

政策をひかれた、それは大成功して

日本人は自虐史観を植え付けられてきました。

知らぬ間に気づいたらそうなってました。

 

 

私もそう信じて、明るく見えたアメリカに渡ってみました。

日本という国を外から見てみたいと

直感的に思わされていたように感じます。

 

外から見た日本は本当に違いました。

 

自虐???

 

日本ってなんていい国なんだろうですよ。

 

当時は貿易摩擦がアメリカとの間にあって

アメリカで日本車を焼かれるなんて事件が

テレビのニュースで流れてました。

 

でも、アメリカの小学校で日本の文化を紹介するということで

折り紙(鶴)を教えたことがあったんですね。

そうすると子供たちみんなまず三角に折れないんです。

ちゃんと角と角を合わせるようにと教えますが

ちょっとずれちゃったという程度ではないです。

 

それを見せつけられたときに

これでは車を作る時だって

性能が違うはずだって思っちゃいました。

 

同じことをスウェーデンでもしたことがあります。

学校ではなく一般家庭にホームステイした時ですが。

そこではちゃんと教えたようにできたので

さすがボルボの国ですよ。

 

オランダでは小さな鶴や連鶴を折ってあげると

私をとんでもない技術者のようにほめたたえてくれました。

貴方はここにいてずっと鶴を折り続けていてもいいよ。

とまで言われましたからね。

 

なあんて、こんなことで決めつけてはいけませんが、

そんなことを世界を回りながら感じてきました。

 

日本人の器用さはお箸の国であるということが

大きく影響しているのではないかって思いました。

 

お箸を使う国は結構、頭脳が発達しているわけです。

そう思うと韓国は金属の箸を使いますからね。

日本以上に脳への刺激があるように思います。

だからか、韓国人はとっても頭がいいです。

まあ、ご飯はスプーンで食べるので

そのあたり、お箸だけで食べる日本人とは

またちょっと微妙な違いがありますが。

 

 

そこで頭がいいことが良いことか???

という問いも生まれちゃうんですけどね。

 

みんなそれぞれの特性を生かして

競争し合うのではなく助け合って生きる世界が

きっと平和を目指していく上で

とっても大切なんじゃないかって感じてます。

 

これはマヤ暦を学んで、

みんな特徴が違う、それぞれに長所と短所があることが

はっきりわかったからより強く感じます。

 

なんでも自分でやろうとするのではなく、

自分の得意なことを生かしていく。

そして苦手なことは得意な人に助けてもらう。

 

これがなかなかできないんですよ。

人間、プライドの塊だからね。(笑)

 

 

そういう助け合って生きていく世の中を作るために

一人ひとりが違った能力を与えられていたんだなということに

気づかされたわけです。

 

自分自身の能力を高めていくためにやり続けることはいいけど

相手を負かすための努力は意味がないのかもしれません。

 

さあ、黄色い種の期間は

自分の得意とすること(持って生まれた能力)を生かしていくために

その種を見つけることもテーマです。

気づいていけたらいいですね。

 

まずは考えずに直感を磨いていきましょう!

 

きょうはdedeちゃんモードで書きます。

dedeちゃんモードとは本音の私。

じゃあ、いつものモードは本音じゃないの?

 

と言われそうですが、メルマガは実名で発信しているので

宗教を卒業して10年が過ぎてからの発信ですから、

私が元シック(統一教会信者)であるということは伏せた状態です。

そうなると、宗教というものにはいろんな思いを抱いている人がいると思うので

オブラートに包んで表現しなければならない場合もあるわけです。

 

上っ面の表現になってしまうこともあります。

 

という意味でこのブログという空間は

私という存在を隠したまま発信できるというのが

いいんですね。誰からどう思われようと関係ない。

 

ここですね。

 

やっぱり人の眼を気にしてるんですね。

 

日曜日に同じビラに住んでいる日本人の現役シックの姉妹と

初めてゆっくりお話しすることになりました。

 

お互い引っ越してきて

それでも同じビラに住むようになって10年以上過ぎてると思うんですが、

その間、道でばったり会って5分くらいの立ち話はすることはあっても

改めて会って話すことがなかったんですね。

 

最初、彼女が引っ越してきたときは私まだ現役の分派シック(統一教会の分派に所属してた)だったので

当時は、超注意人物扱いで私とのコンタクトをなんと禁止されている状態。

話しかけても完全無視されて逃げていかれることが何度かありました。

 

こんなことってあり得ますかね。

まあ、そんな世界でした。

 

統一教会の草創期にも既存のキリスト教会からそんなことがあったと聞いてます。

信者を取られてなるものかみたいなこと。

 

信者取られると収入が減る(献金の入りが悪くなる)とでもまさか思われてたんでしょうかね。

 

本当に信者の魂の救いを思ってだったら、

何としてでも説得するとかありそうでしたが、

まあ、おぼれた人を助けようとして

おぼれてしまうということを恐れてのこととしておきましょう。

 

 

それから数年たって、私が完全に分派からというか、

教会自体から離れたということがわかってからは

道で偶然会うと、話をしてくれるようになりました。

 

いつも、清衡の役事に行くんだと言うときに出会うことがほとんどでした。

 

今回も5月のゴールデンウィークで大役事があるとのことで

元気そうにお話してくれました。

 

それで、いつもなんですが、

メッセージカードをカトク(韓国で使っているメッセージアプリ)に送ってくれるので

私も一度ゆっくりお話しませんか?と誘ってみると

教会で大先輩のお話を聞いてくるので

帰ってきたら連絡するとの返事。

 

待てど暮らせど連絡ないので

今回もキャンセルかな(以前にも一度試みたことがある)と思ってたら

4時くらいにやっと連絡がありました。

 

なんか、前置き長すぎちゃったですね。

 

私の立場をもう一度説明すると

路傍伝道でビデオセンターに通い出したのが1991年の秋。

その年の年末年始の4day修練会に出て

教会に通い出しました。

当時は献身制度は絶対でなく、通教というカタチで

なんと95年の夏に祝福を受けて96年の2月に渡韓するまで

仕事を続けていました。

 

96年の年賀状に祝福式の写真を知り合い全員に送りました。

なんか、勝手に条件だと思って120枚くらいだったかな年賀状はがき送りました。

 

会社にはもちろん明かしてなかったし、もう大変な騒ぎですよね。

でも、年末に会社は辞めてたからね。(寿退社でお祝いしてもらってた)

 

そして韓国で4人の子供を出産し、

まあ楽しく暮らしてました。

生活は楽ではなくても

私よりももっともっと大変な姉妹たちがたくさんいましたから

不平不満なんて言ってられないですよね。

 

教会に行くと気の合う姉妹たちと

いろんな愚痴を言い合ったり、

情報交換をしながら助け合って

本当に特に大きな悩みもなくいましたね。

 

それなのに、分派に出会って、

それも絶対に行ってはいけないと言われていた

「中山グループ」

 

そこでの数年はジェットコースターでしたね。

詳しくは言いません。

こんなことが私の人生に起こるなんて

というようなありとあらゆる困難を経験させられました。

 

生きていけないくらい心情が追い詰められて

信仰をやめる、当時は魂の消滅を覚悟しましたね。

 

信じれなくなったというわけではありませんでした。

まだ、洗脳されていたから

どうしても洗脳は解けてはいませんでした。

 

でも、やめると決めたら

何かが私の中から抜けて行って

少しづつ、洗脳が解かれていきました。

その時、洗脳されていたんだということに気づかされました。

 

全部、自分の意志で決めてきたので

洗脳されているなんて思ってなかった。

 

でも、外側の情報を信じ込むということは

全て洗脳なのかもしれません。

 

 

信仰をやめて7,8年くらい目にマヤ暦に出会いました。

そこで、また現役シックとの交流も始まったんですが、

どういうわけか、外側の人たち(シックでない人たち)との交流の方がメインになっていって

一般人のようになっていきました。

って、この表現ちょっとおかしいかもしれませんが。

 

みんないろんな人生があって

マヤ暦に出会ったりしているんですが、

そんなことを共有するわけですが、

肝心なところはごまかします。

なんで韓国人と結婚したのかとか。

 

嘘はつきませんが、ごまかします。

 

時々、ごまかすのが嫌になって

そんなときにこうやってブログに戻ってきます。

 

そして信仰をやめて13年たった今、

再び天宙統一思想でまさかの文鮮明氏が再臨主であると言う証に

私はうなずきました。

 

やっぱり再臨主であられた。

少なくともそういう復帰摂理がある世界線があった。

 

もう、この世はパラレルワールドで人は

それぞれの世界線で生きてるんだって信じるようになっていたからね。

 

最近は自分の世界線を自分で決めて生きると思ってるし

下手したら過去だって自分で作り変えることができるんじゃないかって

ちょっとあほなことまで考えてるからね。

 

でも、そういうところに自分の意識の次元が行かないと

世の中、説明できないことだらけ。

 

私の中では自分の人生はただ騙されただけではなかったという

すごくうれしい福音のメッセージでした。

 

騙されることが悪いことではなく

何かカルマを解くためのに通過させられたんだなというくらいでは

思っていたけどね。

 

まあ、一気に自己肯定感が爆上がりというよりも

心が落ち着きを取り戻した。

過去を振り返っても

もう後悔はないみたいな。

 

でもね、今回、この姉妹と話をしてみて

ずいぶんとズレを感じました。

 

現役シックって統一教会は永遠になくならなくて

宗教は再臨主を中心に一つに統一されるって信じてるじゃないですか。

 

私が天宙統一思想を読んでわかったのは

文先生は宗教を統一するためではなく

宗教をなくすために来られたんだなって。

そしてその使命を果たして逝かれたのだなって。

 

宗教は人間が神様との因縁が切れちゃったから

それをつなぐためにあるんであって

それがいろんな儀式だったり(行儀)教えだったり(信義)が必要だったけど

祝福を通して神の霊(生霊体)を受けたようなんだよね。

そうなると侍義の時代って神様と共に生きる、

つまり自分が神様の分身となって生きること

自分らしく楽しく生きることがみ旨ってことになるんですよ。

 

これをもう、宗教だけじゃなくて

スピリチュアルでもそれこそマヤ暦でも言ってるからね。

 

教会はまだ行儀と信義を要求してる。

これってまだ堕落してるよっていうことじゃないの?

 

そこから抜けないと神様の元に帰れない。

 

いろんな道が人生にはあるので

宗教の道をとおらなくても

神さまに帰っていける。

 

ただ、きっとだけど私たちは

ちょっと勇敢だったか、もしくは罪滅ぼしの気持ちで

蕩減復帰の道を歩もうと決めてきた魂だったのかもしれない。

みんながこの道を通る必要はないんですよ。

サタンとなってしまったルーシェルを復帰することが目的だったわけだから。

 

そして今もう蕩減復帰は終わりました。

 

これからのみ旨は

自分らしく幸せに生きること。

 

愛の体現。

 

家族みんなで仲良く生きることじゃないでしょうか?

 

 

それを彼女に伝えたかったんだけどね。

 

それ、だれが言ってるの?

と聞かれて

「私の口から名前は勝手に言えないよ。

いろんな問題が出て迷惑かけるといけないから。」

 

そう言ったら、

「名前を言えないなんておかしい。」

と血相を変えて一気に不信モードになってしまわれました。

 

荷物を持って帰ろうとまで。

 

いやあ、なんか彼女の中に逆にサタンの残党の波動を感じちゃいました。

 

なんか、「日本にはサタンの残党がいて悪さをいっぱいしてる」ってずっと言ってたからね。

清平に行き過ぎよ。

 

そこを、意識すると消えないよね。サタンの残党が。

意識が現実を創りだしてるからね。

 

意識は幸せと喜び。

 

 

一人ひとりのそういう時間が増えれば増えるほど

サタンの残党は生き残れなくなっていかないかな。

 

そんな風に思ってます。