中高生の頃、数人の友人たちと線路をとぼとぼ歩くのが好きだった。JRがまだ国鉄だった1980年代の北海道での話である。
私たちの線路歩きには、定番のルートが4つあって、そのひとつが、函館本線の然別―銀山間の約10キロの線路だった。山の中を走るローカル線で、駅舎の近くを除けば、沿線に人家はなかった。夏に歩けば、セミの鳴き声が周囲の森全体から響いてきた。ただ友達とおしゃべりをしながら歩くだけだったが、札幌の市街地で育ったので、誰ともすれちがわずに山中の線路を歩けるのは、それだけで新鮮だった。人が普通はしないことをしているという無邪気な優越感もあった。
運行本数が少ない路線だったが、危険な行為であったことは確かである。だが、危ない目にあったことは一度もなかった。時刻表でダイヤを確認しながら歩き、列車がそろそろ来そうになると、線路の前方あるいは後方に注意を向け、列車の姿が見えたり、エンジン音やレールの響きが聞こえてきたら、線路から脇に離れて列車を見送った。
目の前を気動車や機関車がエンジン音を響かせながら通り過ぎ、レールの音が小さくなっていくと、周囲はふたたび、セミの音だけが聞こえる世界に戻っていった。この機械音から自然音へという音の風景の推移は、強く印象に残っている。
今であれば、線路上を歩いているのを見つかれば、きっと通報されるのだろうが、あの頃は、そうしたことは起きなかった。轢かれなければ大丈夫だろうくらいに、私たちは考えていた。青春の思い出の一コマである。