原宏一の「床下仙人」を読了。
本屋のポップに引かれて買ってしまった本だったが、なかなか面白いので、一気読みしてしまった。
5作からなる短編集で、いづれもサラリーマンの悲哀を描いた、星新一を髣髴とさせるウィットに富んだ作品。表題作「床下仙人」では、しっかりものの新妻にケツを叩かれて、郊外に新居を購入。子供も生まれて一見家庭は平安順調に進んでいるように見えるが、通勤時間は1時間半、往復3時間。ローンの支払のために残業してまで頑張る夫の帰宅はいつも午前様。ちょっと新居に帰って、横になれば、もう出勤時間がやってくる。土曜日、日曜日は接待ゴルフに引っ張り出されて休む暇がない。
そんなある日、妻が妙なことを言い出す。「あなた、この家には家族以外の誰かが住んでるみたいなの」オカルトチックな話かと思いきや。そして彼自身も、ある夜、トイレに行った帰り、洗面所で歯磨きをしている見知らぬ男を見かける。男は「あ~、こんにちわ」と挨拶をすると、洗面所の床を空けて、床下へ入って行ってしまった。「誰?あれ」疑問を抱きながらも睡魔に襲われ眠ってします。その後も何度か、この男をみかえるようになる。ある日、仕事を早く終わって自宅へ帰ってみると、何とその男が子供を膝にのせ、楽しそうに妻と食事をしている。浮気現場発見か!ところが、そういう関係にはないと妻は説明する。「あなたは、仕事仕事で帰ってこないし、家庭の団欒もありはしない。ところがこの人は、こうしていつも家族と一緒にいてくれて、家族と一緒に食事して、団欒の一時を与えてくれるのよ。あなたより、家族としては立派なのよ」と。そんなバカな話があるか!欲しいというから新居を買って、そのローンのためにクタクタに働いて、毎日3時間もかけて通勤して、その挙句が「あなたは家族じゃない」と言って、別の男を家にいれている。
何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしないといけない。家族の幸せのために買った家のために、家族とは疎遠になっていく。現代サラリーマンの大いなる矛盾をシニカルに語る短編である。で、この男、誰?それはお読みいただきたい。
次の短編は「派遣社長」。 これも荒唐無稽だが面白い。「いまどき、派遣社員を有効に利用するのは会社の常識ですよ。当社では、社長までも派遣します。創業者=社長という図式はもうないですよ。有能な社長を外部から必要な時に派遣するというサービス。これまで数多の会社を倒産に追い込んだ、経験豊かな社長を揃えていますよという営業の言葉に、冗談半分で乗ってしまう、広告デザイン会社の社長。派遣されてきたのは、居酒屋を潰した経験のある、ごつい体育会系の社長。1時間毎にトイレの掃除、朝礼とこれまでにない規則をどんどん導入。あげくに「出張サービス」を始めてしまう。クライアントの会議室にPCを持ち込んだ広告会社の社員が、その場でデザインを作ってしまうというサービス。これが意外に好評で、売上はうなぎのぼり。ところが、こんなやっつけ仕事は嫌だという社員はどんどん会社を辞めてしまう。社員が辞めれば、また派遣で埋めていく。ついには社員は誰もいなくなり、全部派遣社員に。そして契約切れで新しい社長が派遣されてくるが、これが前の社長とは違って完全にアメリカMBA信奉者で、効率重視の経営を実行していくという、何ともシニカルな内容。
この作家、ちょっと続けて追ってみよう。