またまた中国の食問題が発覚し、一日中そのニュースで持ちきりだ。冷凍餃子に農薬が通常の1万倍という濃度で混入しており、多くの日本人が食中毒で命の危機にさらされたとのこと。全くお気の毒だ。
中国政府は「厳しく規制し、管理している」と発表するだろうが、信用してはいけない。政府はおそらくなんらかの管理をしているのだろうと思うが、中国人はそんなに柔な人種ではない。
中国人(本土のみならず台湾人も)がよく言う言葉に、「上に政策あれば、下に対策あり」ということがある。これは「政府がどう規制しようが、下には下の抜け道がある」という意味で、規制の意味や目的等論外で、ひたすら金儲けに走る逞しい精神が満ち溢れている。
これはきっと、一党独裁の元、様々な自由が規制されて、いわれのない政策を押し付けられてきたせいではないかと思う。中国の歴史は3000年だが、その繰り返しである。内戦の連続、外敵との戦い、そして征服者による支配。水滸伝や三国志を読めば分かる。そんな「ごむたいな」上の政策に従っていたのでは、下は死んでしまうから、上の政策をかいくぐってでも生き抜かねばならなかった、中国人の強さでもある。
それが現在に至っても根強く生きている。食問題だけではなく、偽者問題もそうだ。先日上海に行った時に、あれ程道端で売っていたDVD屋さんが、全くいなくなっている。アメリカが騒ぎ、日本が便乗し、知的財産権を中国政府に訴えて、「高い本物を買うより、安い偽者を買って何が悪い」という中国人のモラルを変えるよう外圧を加えた結果、北京オリンピックという喉元の匕首もあって、ついに政府は警察に摘発を命じ、一掃されたようだ。何しろ中国の「摘発」というのは、半端じゃない。場合によっては「死刑」も辞さない。命がけで偽者DVDを売る奴はいないだろうと思いきや、ある店にいくと、堂々とまるで本物のように売られているのである。場所や見せ方が変わっただけで、やはり売っている。これが「対策」というわけだ。何故偽者やコピー商品を売ってはいけないのか、知的財産権を何故守らねばならないのか。そういうことをちゃんと教育しない政府もいけないのだろう。「文明は文化から。中国人は世界に恥じない国民になるんだ」というスローガンだけを掲げているから、「何故」がいつまでも理解できないのだろう。北京オリンピックが終わったら、また元の木阿弥に戻るだけか。
とにかく不用意に不必要に自己主張が強く、自己中心的な国民である中国人に、モラルを教えるのはかなり困難であろう。政府にできるとは思えない。しかし、人は裕福になると、周囲に目を向ける余裕ができる。貧しく抑圧された国民であった中国人は、今は外貨という巨大な武器を持ち、世界に出始めている。彼らはこれまで、自己中心的に見てきた外国というものを、感じたり味わったりできる「富」を手に入れた。ここから変わり始めるかもしれない。しかし、その「富」を手に入れるためには、手段は選ばないという考え方は、世界が受け入れてくれなければ、「富」は築けないということに、いかに早く気づくかということではないだろうか。まだまだ時間がかかる。何しろあの広大な国土に日本の10倍、13億人の人口を抱えているのである。末端まで伝わるには、恐ろしい程の時間がかかる。ましてや「富」を行き渡らせて、「富裕層」を全国に増やすなんてことは、絶対にできない。経済自由化で江沢民が言った通り、「できるものから、裕福になれ」というのが精一杯ではないだろうか。
それまで、世界中の人たちは、危機に晒されねばならないのだろうか。いつか気づいて、過ちを中国人自身が正し始めるのを、世界は待つしかないのか。そもそも、中国なんかを世界の工場と位置づけて、「富」を貪ろうとしたのは、誰であったのか。それを考えるとき、「自業自得」という言葉が脳裏をよぎる。
食の安全は生産者ではなく、消費者が管理するしかない。今回の事件は、日本へ輸出されるものに、農薬を混ぜたという、「故意」の香りが漂っているが、加工品は安心という、日本や先進国の常識を中国人にも当てはめて、検査もしないで輸入している、そういう日本政府の対応にも、大いに問題があるような気がするのは、僕だけでしょうか。