もうどう足掻いても仕方がない。
約束の日は翌日、ひよこよさんは初めてイギリス人女性と2人でお茶をする。
場所を決めてくれたことにお礼を伝え、
お布団に潜り込んだ。
きっと眠れないだろう。
ひよこよさんは翌日にイレギュラーな予定があると、心臓が跳ねてしまって眠れない体質である。
遠足の前日が眠れない小学生の心臓を
40歳になってもまだ持ち合わせているのだ。
どうだろう、
今の今からでも何かしら英単語を頭に詰めていった方がいいのだろうか。
『去年、ロンドンへ行きましたわ。
そこでスコーンにつける玉ねぎジャムを初めて食べましてな。
いやぁ、あれはアメージングやで。』
これが言える程度の英語力で時間をどう過ごせばいいのだろう。
そういえば先日、ロンドンにいる友だちと
“日常でよく使われている相槌表現は何か”
という話をした。
そして彼女曰く、1番よく使うのは“lovely”かもしれないという。
確かにlovelyはよく聞く。
日本だとlovelyは“可愛らしい”というような意味合いであるが、本場のlovelyは“いいね”に相当する。
明日は臆することなく、どこかでlovelyをねじ込んでみよう。
イギリス…
イギリス…
lovely…
気がついたら朝だった。
驚くほどしっかり、よく寝た。
何なら夜中トイレにも起きない、
朝まで爆睡コースだった。
結局ひよこよさんは、アメージング玉ねぎジャムの話一本でD母と対峙することとなった。
約束の時間は10時半。
時間ぴったりにD親子は現れた。
室内トランポリン施設で受付を済ませ、
荷物を入れて子どもたちを送り出すと
『さぁ、カフェでお茶しよか』
D母とひよこよさんは2階のカフェエリアへ向かった。
緊張で何の味も感じないカフェラテをすすりながら、意を決してひよこよさんはD母に話しかけた。
『ひよこよ40歳、ジャパニーズでやんす。
今日は非常にエキサイティングな気持ちでやって参りまんた。
英語がベリーノットグッドなので、
赤ちゃんと思って話してほしいでやんすよ。
チャレンジしたい気持ちはあるざんす!』
D母は笑って頷いた。
そしてひよこよさんの単語単語を繋いで話す英語にも寄り添ってくれ、D母もゆっくり話してくれた。
『ひよこよ、手紙くれてありがとうな。
手紙にネコの絵が描いてあったやろ?
うち2匹飼っとるんよ。
前の駐在でトルコにいたことがあったんやけど、そこで保護ネコを引き取ってな。
あの絵を見て“ひよこよと話したい”って思ったんよね。』
なんと
ひよこよさんが自分の名前の横に描く、
おふざけネコと捉えられても仕方がないあの絵を見て誘ってくれたというのか。
(手紙には必ずといってもいいほどこのネコがいる)
そしてひよこよさんはリュックからノートとペンを取り出した。
しかもペンは海外の人なら食いつきそうな筆ペンを持参。
案の定、D母は筆ペンに興味を示した。
そして日英ネコ絵対決が開催されたのである。
すらりとしたイギリスネコを描くD母。
一方、ひよこよさんはおふざけネコで勝負をかける。
しまった、小さすぎた。
英語能力を体現しているかのような小ささである。
しかし思いの外絵が上手いD母。
初めての筆ペンもいたく気に入ったらしく、楽しそうに描いてくれてよかった。
『私の職場にな、子どもたちと去年同じクラスやった子のお母さんがおるんよ。
今度紹介したいわ。
長い冬も来るし、また子どもたち遊ばせながら3人でお茶しようや。』
『lovely!!!!!!』
渾身のlovelyをここで繰り出したひよこよさん。
90%あわあわしていたが、10%の単語でおしゃべりタイムを終えた。
別れ際、ひよこよさんはD母に尋ねた。
『ごめんな、上手く話せんくて…
でも友だちになってくれへんか?』
『そんなん当たり前やろ。
うちらはすでに友だちやないの。』
そう言うと抱きしめてくれて、別れを告げた。
40歳になって初めてイギリス人女性の友人を作ることが出来たひよこよさん。
人生何が起きるか分からないものである。
緊張から解き放たれてもなお跳ねている心臓を軽く叩きながら長男と帰った。
そしてふと思ったのである。
玉ねぎジャムの話、し損ねてるやん…と。
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