家から車で15分ほどの24時間診療の動物病院である。
ひよこよさんはおまりーを抱えながら急ぎ足で受付へ向かった。
『すいません、ひよこよさんいうもんです。
先ほど他の病院から問い合わせてもらったポメラニアンの…』
と言うと軽いちょんまげの女性が調べてくれた。
「思い切った髪型やな…」
と思っていたその矢先、
腰まである真っ赤なロングドレッドヘアの女医が、髪をゆっさゆっさと横に揺らしながらおまりーを見に来た。
その後ろには胸下まで伸ばした髭を三つ編みに結いている医師もいる。
海賊が経営してる病院やろか
赤ロングドレッドヘアの医師は一言、
『いいね』
と言って去って行った。
何に対しての『いいね』なのか。
どちらかといえば今は良くない状態のおまりーである。
しばらくすると、受付の軽ちょんまげの女性が地下室へ案内してくれた。
レントゲン室などは地下にあるという。
『今な、手術出来る先生が他の手術に入っとるん。
3時間くらいで終わると思うからまた電話するな。
犬は預かるで。』
と言っておまりーを連れて行った。
麻酔が効いて毛皮のようにぐにゃぐにゃになったおまりーは、大人しくケージに収められた。
時刻は16時。
ひよこよさんは一度帰って子どもたちに夕飯を作らねばならない。
とりあえず山盛りの野菜炒めだけ作って、
子どもたちに秘密兵器を渡した。
貴重なチキンラーメン2袋である。
『子どもたち、よく聞くんや。
母さんはこれからまたおまりーの病院へ行かねばならん。
帰ってくる時間もどうなるか分からん。
夕飯はお腹が空いたら、チキンラーメンにこの野菜炒めを山盛り乗せて食べてくれ。
一食分につきお湯400mlやから、800mlをポットの中に入れておく。
火傷にだけ気をつけて食べててくれや。』
そう言ってまたおまりーの病院へ行くべく、
タクシーに向かって大きく手を掲げた。
まだ医師から電話が来たわけではない。
しかし居ても立っても居られず、病院の周りをうろうろしていた。
初産待ち旦那さながらにうろうろした。
45分後、電話が鳴った。
『おるおるおるおる!
わし病院の前におりますねや!』
と地下の診察室に転がり込んだ。
診察室には麻酔で相変わらずぺしょぺしょになっているおまりーと、
恰幅のいいDr.ウォジチェホスキーが待っていた。
Dr.ウォジチェホスキーは
『ポーランド語と英語どっちがええ?
どっちもおちょんちょん?
よし、じゃゆっくり話そうやないか。』
と優しく話してくれた。
『まず第一に伝えたいことは今日、手術は必要ないということや。
これを見てほしい。』
『右後ろ足な、結構激しめに脱臼しとった。
これは痛かったやろな。
紹介があった病院から靭帯の話もあったから調べたんやけど、確かに靭帯も少し傷ついとる。
けどな、靭帯は千切れてるわけやない。
年齢もあるし、わざわざ全身麻酔してまで手術をすることはないと思うんや。
ただ1週間は走ったり飛び跳ねたりは厳禁や。
また脱臼してクセがつくで。
脱臼癖が付いたらそれこそ手術が必要になるから注意したってな。
ゆっくり歩くのは大丈夫や。
今週金曜日にまた診たいから来てな。』
と、Dr.ウォジチェホスキーはゆっくり話してくれた。
『今日の処置は鎮痛剤と麻酔を打って、
股関節調整をしたんや。
薬が切れるまでふらつくと思う。
飲み物は19時以降、ご飯は22時を過ぎたらあげてもええで。
来週金曜日の予約やけど、電話来られてもきついやろ?
そしたら決まり次第、ショートメッセージで送ったるわな。
今日の診察はこれでおしまいや。
2人ともよく頑張ったな。』
とDr.ウォジチェホスキーは固く握手を交わしたあと、何故か抱きしめてくれた。
初診料
レントゲン
投薬(鎮痛剤注射3本)
治療
Dr.ウォジチェホスキーの熱い抱擁
以上で12,000ズロチ(約44,000円)
おまりーは今まで怪我や病気などをひとつもしてこなかった親孝行な子である。
初めての治療がポーランドで、ひよこよさんが1人で対応しただなんて一生忘れぬだろう。
一緒に家に帰れるなんて何という幸せなことか。
今日もおまりーの寝顔が見られるのだ。
おまりーも年を取った。
毎日赤子のように可愛がってはいるものの、
悲しいけど現実として13歳という年齢は着実に体に出てきている。
毎日、過ごしでも長く穏やかに暮らせるように
この1週間は徹底して安静を心がけよう。
そう決めて注視していたが、
翌日の19時半、
ひよこよさんはまた転がるように病院へ行くためにタクシーに向かって大きく手を振り上げたのであった。
続く。
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