「昭和後期の流行歌シーン」という用語法とその変動期の把握の方法試論
近年、BS―TVなどで「昭和歌謡」という言葉の番組がつくられ、さまざな批評も「昭和歌謡」ないし「昭和の歌謡曲」というくくりで、高齢者層(定年後世代だから60歳以上がメインか?)を中心に、「懐かしのメロディ」というノスタルジーにとどまらないエモーションをもって語られている。さらには、関西のバラドル「ベルサイユ」の昭和歌謡へのオマージュなど、若い層にもこの「昭和歌謡」なるものが、受けているらしい。しかし、「昭和」は、1925年~1989年(正確には1990年はじめ)で、戦前も、戦後もあった。いまいわれている「昭和歌謡」は、主として、戦後の昭和30年頃から昭和64年という、言わば「昭和後期歌謡」なのではないだろうか。そうすると、やはり「昭和後期歌謡」ないし「昭和後期歌謡シーン」、正確には「昭和後期流行歌シーン」(流行歌という語はジャンルを限定されないニュアンスがあり、平成流行歌シーンと接続ないし対比が可能になる)というカテゴリーが必要ではないかと愚考する次第だ。問題は、さらに、昭和後期流行歌シーンの時代画期(エポック)をどう考えるか、ということになってくるだろう。以下、「昭和42~46年=流行歌変動期説」のメモを書いたので、掲げる。その、変動要因は、歴史的なもの(高度成長期、不況期、パリの5月、大学紛争(1968)、ベトナム戦争、オキナワ返還)、内的なものと外的なもの(国内シーンと海海外シーンの影響)、その相互作用、作り手、歌い手、聴き手、の相互作用も視野に入れる必要があろう。それを踏まえて、仮説のエビデンスを高める。この詳細は後日に検討したい。 *昭和40~42年(1965~1967年)という時期=揺籃期プレ1967(昭和42)年 としての ヒットパレード(TV番組)ムード演歌というオルタナティブ美樹克彦というキメラーーロック歌謡御三家 橋幸夫 西郷輝彦 舟木一夫 --はやりものの吸収(メキシカンロック、スイムなど)ベンチャーズ パイプライン/ダイアモンドヘッド ⇒ 日本歌謡POPs≒ 二人の銀座 京都の恋 北国の青い空、など*画期 1967~1969(昭和42~44)年 のGSの3年 ビートルズからローリングストーンズへ== メインボーカルの独立(ギターなどは持たない) 1969(昭和44)という年 GSの黄昏 ⇒ 和製ポップス から ムード歌謡へ ex. ブルーコメッツ、パープルシャドーズなど フォークロック(サベージなど) ⇒ 無国籍歌謡 その後 和製フォーク(というジャンル)の隆盛、 はっぴいーえんど⇒ ユーミン出現への準備過程期 PYG フラワーズなど GSに一部 ⇒ 和製ニューロックの出現 クリプトン、レッドツェッペリン、ディープパープルなどのハードロックた キングクリムゾン、ジェファーソン・エアプレインなどのアートロックの影響かハード演歌、ムード演歌、昭和30年代「高校三年生」的歌謡曲、各シーンの変化 声と演歌のグルーヴ感の変化?日本的ブルースのテイストとニュアンスの変化(古賀メロディの変化?) + 楽曲の素材対象の変化(青春歌謡から水商売・裏街道系歌謡へ)、男女の立ち位置の変化、作者と歌い手と聴き手(オーディエンス)の相互作用の関係の変化 ex, 森進一、青江三奈の出現 ⇒ 美川憲一、矢吹健、藤圭子、クールファイブなどの出現へ以上、まだ拙い段階だが、昭和42~46年までという、この5年間の昭和後期流行歌の変動期のシーンを、ひととおり把握するための手がかりにはなるだろうか、と思う。