先日のブログで、

 ・・・ボクがこの詩「燃える」を知ったきっかけは、1973年頃に買った小室等のLPレコード(アナログ)『私は月にはいかないだろう』だったと思う。

 このアルバムのなかに「今夜きみ」(詞=詩;吉増剛造)というのがあって、調べると、『黄金詩篇』の「燃える」という詩からとったものだということがわかった、と。

 

  ・・・ で、「燃える」と「今夜きみ」を、詞を書いてみて、読み比べみよう。

 

 

  ●「燃える」    吉増 剛造
 

黄金の太刀が太陽を直視する
ああ
恒星面を通過する梨の花!

風吹く
アジアの一地帯
魂は車輪となって、雲の上を走っている

ぼくの意志
それは盲ることだ
太陽とリンゴになることだ
似ることじゃない
乳房に、太陽に、リンゴに、紙に、ペンに、インクに、夢に! なることだ
すごい韻律になればいいのさ
 

今夜、きみ
スポーツカーに乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!

 

 

 

  ●「今夜 きみ」   吉増剛造
 

今夜 きみ
スポーツカーに乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!

 

風よ

風よ 風よ

きみは太陽の顔までとどく

だから

顔が存在する

 

生まれてくる子供のために

ピカピカの拳銃を用意せよ

 

美しくなるために

きみも爆発するんだ

 

宇宙よ

宇宙よ

きみが黙っているから

ぼくは引き金をひく

 

ピカピカの拳銃を用意せよ

今夜 きみ

 

 ・・・・・・・・・・

 

 文字に起こしてみると、「燃える」では、歌(SONG)の詞としては不適切だとわかる。だからといって、「今夜きみ」の詞が曲をつけやすい感じのものでもない。

 あのころの小室等が模索していたフォークソングは、与えられた「ことば」(詩、詞)を唄うという実験的性格が強かったように思う。

 ボクが大学1年の春、「新六文銭」が、結成ツアーを始めた。

 京都では、府立体育会館で行われ、ボクも参加した。

 メンバーは、小室等+吉田拓郎、そして+柳田ヒロ(Dr.)+なぜか後藤次利(Bass)+α、の4~5人だったと思う。

 ・・・ ちなみに、この「新六文銭」は、拓郎が、ツアー中、逆ストーカー被害にあって、早々に解散したが、あと数年やってほしかったなあ。 嗚呼~ 残念!

 

  まとめに一句。

 

           今夜きみ花火は何処で燃えてるかい   ひうち