熊本の猛暑のなかの震災、、、地震は予知らしきものは可能だが、備え重要だ。
さらに、震災あとの社会的なケア、支援も。相互に助けあってこそ社会=市民社会は成り立っている。
国や自治体も、点数稼ぎではなく、本来の役割を自覚すべき事態だろう。
さて、熊本の話だが、この震災のあとで、ある歌が流れていた。
それは・・・ 「帰らんちゃよか」(かいらんちゃよか)、だ。
これは、熊本県出身のミュージシャン関島秀樹が作詞・作曲し、のちに、熊本を中心に活躍していた(故)ばってん荒川と熊本出身の歌手=島津亜矢が歌った曲である。
「帰らんちゃよか」とは、熊本弁で「(故郷へわざわざ)帰らなくてもいいよ」という意味であり、関島・荒川・島津の3人とも熊本県の出身である。
この歌詞は、全編が熊本弁で、都会で働くわが子のことを、郷里から気遣う親心を歌っている。作詞・作曲者の関島は若いころ、教職を志して熊本から上京したものの採用試験に落ち、それを機に、叙情フォーク全盛の時代にあってギター片手にバンド活動にのめりこんで、やがて(職業として)音楽を志したという。
活動拠点とした京都で長女をもうけたことで、親子の愛情と絆の大事さがようやく身に染みるようになったらしい。そして故郷に残した両親の心情を思い、「生きたらよか」のタイトルで1995年に本曲を作詞・作曲した。
以下、CDのバリエーションを見てみよう。
▶ばってん荒川版
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「帰らんちゃよか」 |
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初出アルバム『生きたらよか-火の国一代〜草千里』 |
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リリース |
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関島秀樹 |
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『生きたらよか-火の国一代〜草千里』収録順 |
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ばってん荒川は本曲を「帰らんちゃよか」とタイトルを変え、1996年にキングレコードからリリースした自身の40周年記念ベストアルバム『生きたらよか』に収録した。以降、自身が司会を務める「おじゃ町テレビ」(九州ローカル局の番組)のテーマソングになるなど、代表曲として歌唱を続けた。
この判断は正しかったと思われる。
親が子に気遣い歌うというタイプの楽曲が不思議となかったのだ。
子が親を気遣う唄は多くてまあ嘘くさい感じもある。
世間では、九州はナガサキ方面の歌手たちに意外と多いという。...... SM,FM,etc.
その気遣いが、逆になったことでリアリティが出てきたように思う。
ちなみに、島津亜矢版のものは、2024年5月にシングルリリースされた。
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「帰らんちゃよか」 |
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初出アルバム『島津亜矢 2005年全曲集』 |
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娘に… |
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リリース |
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規格 |
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島津亜矢 シングル 年表 |
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そのいきさつは、島津亜矢は荒川が歌うこの歌に感銘を受け、荒川に直接「私にもこの曲を歌わせて下さい」と頼み「お前ならよかたい!大切に歌わなんぞ!」と快諾され、シングルとして発売した。
島津もかつて歌手を志して単身上京する際、親しかった母から「(自分が選んだ道を進む以上)中途半端は許さない」と厳しく言い渡され、故郷から遠く離れた子を気遣う親の心情に思うところがあった。
その後、島津は歌番組で度々この曲を歌、ばってん荒川ともBSで共演し、一緒に同曲を歌唱している。
2015年の紅白にこの曲で出場した際には、「14歳で上京した時、色んな夢とか希望を胸にして、熊本をあとにした思いをこの場で歌わせていただけるというのは、本当にありがたい」と曲への想いを語った。
しかし、この古いありきたりの親子の、子と親の、情愛は感動的なんだろうか? ・・・ばんばの忠太郎か?
関島秀樹版
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「生きたらよか」 |
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初出アルバム『SERENADE』 |
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よかとこ荒尾 |
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リリース |
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規格 |
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関島秀樹 シングル 年表 |
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本曲を作詞作曲した関島は、荒川がカバーしてから約1年半後の1997年5月26日発売のアルバム『SERENADE(セレナーデ)』に「生きたらよか」を収録したが、荒川に敬意を表する意味で、荒川の生前はシングルとして発売することは考えていなかった。しかし、2006年に荒川が死去したことを受けて、追悼盤として2007年7月15日に1997年当時の録音でシングルカットされた。
では、ここで、「生きとるシリーズ」を紹介しよう。
作詞・作曲した関島秀樹によると、この曲は「生きとる」シリーズの第2弾である。
生きとるけん - 1989年発売『Goodbye Yesterday』収録
生きとるよ - 2006年9月21日発売『拝啓 元気です』収録
生きてきた - 2015年12月25日発売『DOKONI ITEMO(どこにいても)』収録
生きてゆく- 2024年7月20日発売『生きてゆく ~心のままに~』収録
しかし、やはり、ばってん荒川の目ききはたしかだったと思う。
「生きたらよか」を(→帰らんちゃよか)に主題を直したことが肝だったのだと荒川も感じたのだろう。
子が都会で故郷の親を思うストレートな歌はいまや「嘘くさい」のだ。
「帰らんちゃよか」は一種の反語的な要素もある(本音はかえってほしいに決まっているのに)。
その複雑な思いと情感があればこそ、この「歌」が活きてきたのだろう。
島津亜矢も、そのあたりのことは承知でカバーしたのだろうか?
そこの認識が重要なのだが・・・
ばってん荒川は、あまり歌がうまくないが、(親ごころのリアルさに)味がある歌い方をするのである。
島津の方が、ダンチでうまいのに、聴く者へのリアリティ(説得性)が足りないような気がしてしまう。
島津亜矢は、歌はうまいのになぜ「これ」という代表曲がないのか?
この問いへの答えは、故・ばってん荒川が教えてくれているような気がする。
島津も、それに気づけば、今後自分が歌う歌のインテンシティ(聴衆の受け容れの強度)への判断とその情感をうまく出す歌唱法へと切り替えてもいいのではないか。
ちょうど、研ナオコが「あきらめの夏」を「(あえて)下手に歌う」意味を、島津も考えてみてほしい。・・・厳しい言い方だが、おそらくそれがないかぎり、歌が上手いだけの歌手(だが、自分のヒット曲がない)という評価を打ち破れないと思うのだ。
まとめに一句。
帰らんちゃよかよかばってん吾亦紅 ひうち