朝日新聞2026年8月12日夕刊に載った詩より
いにしへの
木下 太尾 (きのした・たお)
湖のほとり
手をつないで、ふたり。
そらをつかみ、たまとなる蜻蛉(とんぼ)たち
舞い、水杭にやすんで
夕方、
ゆらめく葦が手招けば
あなたの魂をつれていってくれる
骨、ひろふ、
ない、ここにも、
逝く水、に、かけ繙(ひもと)きて
絲、となし
象(かたど)る文(あや)も、又解けて
てを、ひとり
放しても、
まだ
いつでも、きてね
待ってるから
*掲載者コメント; 口語だが、ぜんぶ旧仮名でというわけでもないのは何故か? 気になる。
「いにしへの」「ひろふ」は旧仮名だが、「舞い」は「舞ひ」ではない。
あと、「、」と スペース を多用している意図がわかりにくい。
また、この、ゆったり感は、自然への回帰をいざなうイメージを出したいからなのか?
作者の木下太尾(きのした たお、本名:木下良佑)は、1993年生まれ(現在33歳?)、長野県麻績村を拠点に活動する手漉き和紙職人、作家、詩人。
同村の元地域おこし協力隊員であり、山村での自然豊かな暮らしや季節の移り変わりを題材にした詩作を行っている。
◆主な活動と作品
・和紙制作: 長野県の山村で楮(こうぞ)を育て、和紙の制作や伝統工芸の復興に携わっています。
・詩集・詩画集: 1作目の詩集『君とふたり、枯野をゆけば』(2024年)
愛猫との暮らしを描いた2作目の詩画集『猫と、雨の庭』(2025年、挿絵は画家の故・稲葉真莉絵)
・受賞・メディア: 第64回現代詩手帖賞を受賞するなど、現代詩の分野で注目を集めています。
・詩集『君とふたり、枯野をゆけば』、詩画集『猫と、雨の庭』、第64回現代詩手帖賞。
*** 長野の小さな山村に、楮(こうぞ)を育て、紙を漉いて暮らしているらしい ***
あくまで個人的感想だが、一時期、詩のイメージを敢えて明確にはつかませないシュールレアリスムぽかったり、「無常感溢れる」否定神学ぽかったりの(印象があった)現代詩(世界)だが、ここにきて(マニア間の感と勘だけの世界に)いきづまり、深層心理的自然回帰(こころの風月を詠う)が出ているのだろうか?
それは、またあらためて考えてみたい。
そこで一句。
さかしらな寓意を避けてネコジャラシ ひうち