「国旗損壊罪」の新設法案をめぐって、国会でいろいろ議論がなされている。
そのなかで、「立法事実がない」という言葉が使われているが、この「立法事実」とは「立法事実がない」とは、どういうこと(事態)を想定しているんだろう?
「立法事実がない」とは、一般的に、法律や条例を制定する必要性や、目的を達成するための手段が適切であることを裏付ける客観的なデータや社会的な事実(事例・実態など)が存在しない状態を指すと言われている。
しかし「立法事実」の言葉がしっくりこない。なぜかというと、これは、「立法の根拠となる事実」であって「立法の事実」ではないから、やや言葉上の違和感があり、しっくりこないのではないか。
で、いまこれがなぜ問題なのか、と言えば、
立法事実がないまま法律や条例を作ると、以下のような問題が生じるとされている。
1、 必要性が欠如したままの立法になる
本当にその規制が必要なのか、国民の権利や自由を不当に奪うことにならないかという懸念が生じる。
2、 違憲審査におけるリスク (上記1に加えて)
裁判で「憲法が保障する人権を不当に侵害している」と判断された際、合憲性を裏付ける客観的なデータ(立法事実)がないと、違憲訴訟が提起され、違憲判決が出やすくなってしまう。
3、 政府の恣意性へのチェック
国会などの立法府が、明確な根拠やデータなしに恣意的なルールを作ってしまうことへの批判(法の精神、法の支配に反する)。
「立法事実がない」という主張は、特定の法案(たとえば「国旗損壊罪」)に対する政治的な反対意見としてよく用いられる。
「国旗損壊罪」のばあい、はたして、「実際にそのような事件が社会問題として頻発しているのか」、「国民の権利を制限するだけの明確な実態(≒立法事実)があるのか」という論点から慎重な議論が交わされることを期待する次第だ。
まとめに一句。
沖縄の海に血染め日章旗 ひうち