今年は、梅雨が早く空けて、6月下旬にはもう真夏の気温(猛暑日)になった。気候もおかしいのだが、7月なって、職場近くの船岡山から蝉の声が弱く聴こえる。いつも、京都の梅雨明けは7月中旬の祇園祭の頃だから、蝉もそれまで地中でひっそり待っているのかなあ、と考えていると、7月12日の朝、自宅の近くでまた弱々しく蝉が鳴いていた。どうも、今年は蝉たちが地上に出てきにくい気候環境なのだろうか?
しかしよく考えてみると、蝉が「幼虫時代を長期間地下で過ごす=不憫=苦節*年」、「地上で鳴く=幸福な繁殖」という図式は、どうも人間の見方なのかも。蝉たちにとって地中の静かな日々が実は至福の時なのかもしれない。
ちなみに、松尾芭蕉の「蝉の句」といえば、
「静けさや岩にしみいる蝉の声」だが、 もうひとつ意味深長な蝉の句もある。
それが、… 「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」 だ。
蝉の気も知らないで、人間は勝手に、無常や儚さを感傷する生きものなのかもしれない。
まとめに一句。
落ち蝉の残らず天を仰ぎをり ひうち