ともに広島市で生まれの同学年ミュージシャンの奥田民生と吉川晃司によるユニット「Ooochie Koochie (オーチーコーチー)」って、どうなんだよ、なあ?

 

 ――うわさに聞くと、あのCOMPREXより、竜童+亜美+民生 トリオより アツい?

  まあ、下記のサイトをチェックしてみてください。

 

  https://www.ooochie-koochie.jp/ 

 

  オトナしゅうない オトナじゃけぇ

 

 1987年ロックバンド“ユニコーン”でデビューし、1994年にはソロ活動を本格始動、今なおシーンの第一線で活躍する奥田民生。
 1984年にデビューし、音楽シーンは勿論、多岐に渡り活動の幅を広げ、様々な功績を成し遂げ続けてきた吉川晃司。
 同じ年(同学年)に、広島で生まれ、育ち、のちに様々な領域で金字塔を打ち立ててきた奥田民生、吉川晃司が、
 ユニット“Ooochie Koochie”(オーチーコーチー)として故郷への恩返し、さらには日本全国を“祝祭”のごとく盛り上げていく。
 誰よりも自由に、誰よりも自分らしく活躍し続けてきた二人の、奇跡のユニットに注目してほしい。

 

   ――というコピーだが、、、

 

 1970年代生まれ、あたりというか、昭和40~50年頃生まれの広島人界隈では、あの、COMPLEX(布袋+吉川)よりも、「熱い」かもしれない。

 

 ボクは、生まれは、1950年代だが、中高時代は、RCCラジオ(広島のラジオ局)を、オールナイトニッポンまで聴いていて、ヒロシマにはなじみがある。――中学時代は、ヒロシマフォーク村のタクロー(初期の吉田拓郎)を聴いていた。・・・それから、愛奴、浜田省吾、世良公則(ツイスト)、原田真二・・・ ヒロシマは、多くの先端的ミュージシャンを輩出した、ある種、「日本のリバプール」だった。・・・おそらく楽器屋さんやライブハウスなんかもいくつかあったのだろう。

 

 1950年代生まれのボクは、映画にもなった『青春デケデケデケ』の舞台=香川の観音寺の近くの田舎町だった。

 レコード屋はあっても、楽器屋はなかった。

 エレキギターは(購入も演奏も原則禁止)許可がいるし、フォークギターやクラシックギターも(ウクレレも)売っているところがなかった。

 

 どうしても、ベンチャーズの「テケテケテケ…」(グリース)をやりたくて、エレキを持っている近所の社会人のあんちゃんに、エレキをさわらせてもらっていた。

 

 「パイプライン」「ダイアモンドヘッド」「10番街の殺人」…などは、口三味線とエアギター(掃除用の箒)で練習(?)したという記憶がある。

 

・・・話が長くなりそうなので、いったんここで〆ちゃいますね・・・

 

 ここまでのまとめに一句。

 

             エレキとは不良の楽器海開く   ひうち

 

  *追記)  ちなみに、 この、Ooochie Koochie (オーチーコーチー)って名前は・・・

      マディ・ウォーターズのソウルナンバーからとったのでは?

 

      Muddy Waters   (I’m your)  Hoochie Coochie Man

 

        *スラング? 「Hoochie Coochie Man」≒絶倫オトコ

 

    俺を生む前のお袋に 占い師が言った
    "おまえの子は Hoochie Coochie Man
    女が欲しがるものを 全て持っている男になる
    そして女たちに夢を与える"と
    今夜は予定を朝まで空けておいた
    Yeah 俺は Hoochie Coochie Man (フ―チー・クーチー・マン)

    朝まで楽しもうぜ

 

      ・・・ ・・・