岸田文雄首相の選挙応援演説会場に爆発物が投げ込まれた事件で、逮捕された無職の木村隆二容疑者(24歳)
=兵庫県川西市在住=は、昨年、現行の選挙制度
(被選挙権の条件としての年齢制限・供託金の額)が憲法に違反している(憲法14条・47条)として国を相手取った訴訟を神戸地裁に提訴し、そこで政権批判を展開していたという。
また、その訴訟では、賛否が分かれた安倍晋三元首相の国葬実施を「民主主義への挑戦」と位置付け、政権与党が旧統一教会のような「組織票を持つ団体と癒着している」とまくし立てたという。既存政治家への不満、銃撃事件に関連する言及など、彼の「選挙」を狙った行動の背景が、少しずつだが明らかになってきている。
いっぽう、この3月に鹿児島県で同様の訴訟が、21歳の大学生=中村涼夏さんのよって提訴された。
鹿児島大学4年の中村涼夏さん(21歳)は「若者の声が政治に反映されない」と1950年の公選法公布時から変わらない被選挙権年齢は不合理として、鹿児島県議選に不受理を見越して立候補を届け出た。識者も若者が積極的に政治参加する世界的な潮流に沿っていないと指摘する。
公選法は被選挙権年齢を衆議院と都道府県議、市町村長、市町村議で25歳以上、参議院や知事で30歳以上と定める。選挙を管轄する総務省は「社会的経験に基づく思慮と分別を踏まえて設定した」と説明するが、24歳以下に被選挙権がない理由は示されていないという。
2016年6月以降、18歳以上に認められるようになった選挙権に対し、被選挙権年齢が下がらないのはなぜなのか。
若者の政治参加に詳しい慶応大SFC研究所の西野偉彦上席所員は「若者が立候補することで、議席を争う人数が増え、脅威と感じる議員がいることに加え、政治家としての資質を若者が持っているか疑問視する議員がいることが一因」と分析する。
総務省が年齢要件の根拠とする「思慮・分別」については、参議院のガーシー(本名・東谷義和)元議員(51歳)が当選後一度も国会に出席しなかったことを引き合いに「年齢が議員の資質を左右するのか考える必要がある」と強調した。
国立国会図書館の20年の調査によると、被選挙権年齢が判明した19の国・地域のうち、62.5%が下院で21歳から立候補できる。このうち半数強の国・地域は18歳以上だ。
西野氏は、選挙は有権者の審判を仰ぐので、立候補時点で年齢にこだわることはないとの立場。「日本の被選挙権も18歳で統一すべきだ。若い人が政治家になる意義を、海外の事例も踏まえて議論していくのが大切」と述べた。
いっぽう、木村容疑者の言動・行動はどうだろうか。
「被選挙権が25歳以上というのは憲法違反。法改正すべきだ」という。
昨年9月、川西市で開かれたある市議(当時)の市政報告会。会合が終わり、片付けが始まる中で、出席していた大串正樹衆院議員(自民、比例近畿)を呼び止めたのが、木村容疑者だった。「市議選に立候補したいのに、被選挙権の年齢要件のせいで立候補できない」と〝窮状〟を訴え、誰でも選挙に出られるようにすべきだと繰り返した。
同じ会場にいた自営業の70代男性は、小学生のころから知っている木村容疑者が大串氏に食い下がる様子に、最初は「若いのに政治熱心やな」と感心していたが、すぐに態度がおかしいと気がついた。「あまりに長くてしつこい。止めようか迷った」
公選法が規定する被選挙権の年齢要件は衆院議員や市町村議が25歳以上、参院議員は30歳以上。木村容疑者は昨年7月の参院選にも立候補することを目指したが、年齢が満たなかったことに加え、300万円の供託金を用意できず、断念せざるを得なかったという。
「被選挙権年齢は立候補の自由の侵害。供託金制度は財産・収入による差別だ」
木村容疑者がこんな憲法違反を訴え、国会が立法を怠っているとして、神戸地裁に国家賠償請求訴訟を弁護士を付けない本人訴訟で起こしたのが昨年6月だ。
それからほどなくして安倍元首相の銃撃事件が起きた。
逮捕された山上徹也被告(42歳)は、母親が傾倒した旧統一教会(世界平和統一家庭連合)への恨みを供述。「つながりがある政治家」として安倍氏を襲った。その後の報道では信者の組織票を持つ教団が自民党の一部議員を支援していたと指摘された。
銃撃事件後、木村容疑者が地裁に提出した訴訟の準備書面には、従来の違憲主張に新たな項目が加わっていた。
「制限選挙が議会制民主主義を破壊する、という主張」
木村容疑者はこの中で、被選挙権年齢や供託金制度で自由な立候補を認めない現行の選挙制度は、憲法が保障する普通選挙ではなく「制限選挙だ」と持論を述べ、立候補の制限によって組織票を持つ既存政党に有利な仕組みができあがっていると訴えた。
そして安倍氏の国葬を巡り世論の賛否が割れる中で岸田政権がそれを実施できたのも、こうした「制限選挙」の恩恵にあずかっているからだと自説を展開したのだ。
もっとも昨年11月の神戸地裁判決は、こうした主張を一蹴。
被選挙権の年齢要件について「議員として職務を遂行するには、選挙で議員を選ぶよりも、高い社会的経験に基づく思慮分別が必要となる」と合理性を認め、供託金制度も「候補者の乱立を防止し、立候補にあたって慎重な決断を促す」という立法目的の正当性を改めて指摘した。
この判決の論理は、国際的な動向や水準に比べてどうだろうか? 考えてみる余地がありそうだ。
木村容疑者は判決を不服として控訴。ここでも「既存政治家は統一教会の組織票で当選している」と繰り返したが、3月に開かれた大阪高裁の控訴審は即日結審。来月に判決期日が指定される中、木村容疑者は山上被告と同じく、選挙を狙った事件を起こしたのだ。
わたしもそうだが、みなさんも、木村容疑者の主張とそれを実現するための行動に「ちぐはぐ感」を覚えるだろう。
よく言われる、「(若者の)過大な承認欲求」・「自己顕示欲」・「自我肥大感」・「実現不全感」という症状なのだろうか?
すくなくとも、鹿児島の中村さんや研究者の西野さんなどの考え方、選挙権・被選挙権運動(若年者だけでなく、在外邦人、障がい者、病人など)をしている人々と協力・協働化していくことも視野にいれたらよかったのに、と、その点、残念でならない。
あわせて、「私も選挙に立候補したい 被選挙権年齢引き下げ訴える若者たち」という「ちばNHK」の記事も参照されたい。
また、近年、オランダの学者で「選挙制を疑う」(くじびき選挙制の提言)、という、逆説的な書が読まれているという。この点、民主制=一人一票選挙という硬直しつつある等式への懐疑が広がるのもうなずけるゆえんだろう。
※そのほかに、くじ引き選挙、くじびき民主主義?の観点から「公正に」・「公平に」・「選ぶ」というありかた≒オルタナティブを真面目にかんがえる書がある。以下に紹介しよう。
『くじ引き民主主義 政治にイノヴェーションを起こす 』(光文社新書) 新書 – 2021/11/17 吉田徹(よしだとおる) 著
◎内容
傷ついた民主主義をアップデートする希望の書!
民主主義=選挙とは限らない。そして、選挙による
「代表制民主主義」は、政策実現までの
「時間的制約」、有権者と議員との「格差」
といった欠点をもつ。21世紀に入って、
世界中の市民が自国の政治家や政党を
信頼しなくなってきている今、先進国の政治不信は
過去最高の水準に達しているといっていい。
選挙によらない民主主義の形態を
歴史的に振り返りつつ「くじ引き」の可能性を示す。
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◎目次
はじめに――政治のイノヴェーションに向けて
第1章 作動しない代表制民主主義
第2章 増発する「くじ引き民主主義」
第3章 参加して、議論する民主主義
第4章 くじ引きの歴史と哲学
終章 「スローな民主主義にしてくれ」
あとがき
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◎著者プロフィール 吉田 徹 (よしだ・とおる)
1975年東京都生まれ。同志社大学政策学部教授。
慶應義塾大学法学部卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。
日本貿易振興機構(JETRO)パリ・センター調査担当ディレクター、パリ政治学院招聘教授、ニューヨーク大学客員研究員、北海道大学法学研究科教授を得て現職。
著書に『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』(講談社現代新書)、
『感情の政治学』(講談社選書メチエ)、『「野党」論 何のためにあるのか』(ちくま新書)、
『ポピュリズムを考える 民主主義への再入門』(NHKブックス)、『ミッテラン社会党の転換 社会主義から欧州統合へ』(法政大学出版局)など多数。
『くじ引きしませんか?―デモクラシーからサバイバルまで 』(法と哲学新書) 信山社 – 2022/6/3
瀧川 裕英 編著 岡﨑 晴輝 , 古田 徹也, 坂井 豊貴, 飯田 高
◆第一線の執筆陣が、〈運の平等主義〉と〈結果の不平等〉を多角的な視点から考察 ― 好評【法と哲学新書】第2弾 ◆
【目 次】
・はしがき/瀧川裕英
◆1 くじ引きは(どこまで)公正なのか――古代と現代における空想的事例をめぐって/古田徹也
◆2 選挙制・任命制・抽選制/岡﨑晴輝
◆3 くじ引き投票制の可能性/瀧川裕英
◆4 投票かじゃんけんか?/坂井豊貴
◆5 くじによる財の配分――リスクの観点から/飯田 高
なお、各国の選挙制度・選挙法制について紹介したものに『世界の選挙制度』大林啓吾・白水隆(編)〔三省堂、2018年〕がある。ただし、被選挙権についての紹介・考察はあまりない。
最後に二句。
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