国家公安委員長を6月25日に辞任した小此木八郎衆院議員(56)=神奈川3区= は、同日、横浜市役所で会見し、横浜市長選(8月22日投開票)への立候補を正式に表明した。
小此木氏は自民党神奈川県連会長も務める。
そして、ご存知のように、小此木氏の父(彦三郎氏)の秘書から成り上った菅総理にとっては、恩人の子息である八郎だ。
横浜市が山下ふ頭に誘致を進めるカジノを含む統合型リゾート(IR)への賛否が市長選の最大の争点とみられているが、小此木氏は「市長になることができれば、最初の仕事はIR構想をとりやめることだ」と明言した。
IRをめぐっては政府(とくに横浜が地元の菅総理の意向が強いとも)が旗を振り、市議会の自民党会派は関連予算に賛成してきた。
ただ小此木氏は市民に反対が根強く、コロナ禍が続く中、昨年12月ごろから誘致する環境が整っていないとの思いを強め、5月下旬に菅義偉首相に立候補の決意を伝えたという。
会見で「財政的な課題はあるが、横浜の将来に向けてIRに代わる新たな政策を考えたい」と話した。
小此木氏は神奈川3区(横浜市鶴見区、神奈川区)を地盤とする当選8期のベテランで、父は元通産相の小此木彦三郎氏。
彦三郎氏は、かつて菅義偉首相が秘書として仕えた政治家であり、小此木氏とも家族ぐるみで関係が深い。
だが出馬に関しては、やはり、菅首相との間でひと悶着あったようだ。
「小此木さんも誰か候補者がいないか口説きに行ったそうですが、うまくいきませんでした。すると、菅首相は『(候補者が)いなかったら林さんでいこう』と発言をしたところ、小此木さんはかなり反発したと聞いています。(林さんが4選するくらいなら)小此木さんは『自分が横浜を変えたい』という思いが強くなり、立候補を決意して、菅首相も了承したようです。ただ、小此木さんはもともと、カジノ推進派です。しかし、野党も候補者を出してくるなかで、カジノ推進を旗印にしたら選挙を戦えないと判断し、『カジノ反対』の立場で出馬を固めたとのことです」(官庁関係者)
横浜市はカジノを含むIR(統合型リゾート)の誘致を進めており、市長選の大きな争点でもある。だが、小此木氏は「反対」に回ることで、あえてIRを争点化させない戦略に出た、ということのようだ。 ――そう、あくまで、IR非争点化戦略なのだ。
「本音ではカジノを推進したい菅首相も『やむを得ない』となったようです。菅首相にとっては、もしお膝元の横浜で市長選を落としたら面目が丸つぶれです。選挙では何よりも”勝ち”を優先し、カジノについては、小此木さんが当選した後に諸情勢や世論の推移を見極めながら改めて考えればいい、ということのようです。菅首相としては、気脈の通じた小此木さんが市長になれば、その後のIRの扱いも含め、くみしやすいと考えたのだと思います」(前出・官庁関係者)
まあ、例の秋元司議員(IR汚職疑惑)のこともあるし、新型コロナもデルタ(インド)株出現でおさまらない(第5波か?)わ、オリパラも不透明だし、外国からの観光(+カジノ)誘致って話じゃないしなあ、しばらく潜っておこうということだろうか?
とはいえ、IRに関しては地元議員の思惑もさまざまで「一枚岩」とはなりそうにない。
自民党の中にはIR誘致を進めてきた横浜市議も多くいて、「市議の半分くらいは小此木氏についているが、一本化できるかどうかは、まだこれから」(前出・横浜政界関係者)と波乱含みの様相だ。
いくら地元の横浜に熱い思入れがあるとはいえ、現役の閣僚という立場をなげうって、地方自治体の首長へとくら替えするのは、小此木氏にとっても相当の覚悟が必要だったはずだ。政治家の「待遇」としてもプラスになるのかどうかは、不透明、ということだろう。
横浜市総務局によると、横浜市から林市長に支払われた給与は昨年1月から12月の1年間で2772万円だったという。
元国会議員秘書は待遇についてこう話す。
「国会議員の平均所得が約2400万円なので、横浜市長の給与はこれより少し多いくらい。だけど、小此木さんはお金に困っているわけではありません。横浜市は人口377万人の政令指定都市であり、市長というのはその大都市における大統領のようなものです。横浜市中区で生まれ育ち、横浜市に思い入れもある小此木さんは、市長の座に政治家としての夢を託したんでしょう。それに秋には総選挙があるため、閣僚でいられる期間は残り3〜4カ月くらいだろうし、(閣僚の座は)そんなに惜しくないという判断もあったと思います」
名ばかり閣僚という「名」よりも、横浜市長という「実」を取りにいった、というところか。
コロナ禍のもと、大きな自治体の首長の判断が注目されだしたということもあるのだろうか?
しかし、こんなに単純な思惑で、こんな重要な政治判断≒選択行動をするのだろうか?
いずれにせよ、小此木氏の「カジノ反対」の姿勢が本物か否か(まあ、ホンモノじゃないと見たが・・・)は今後注視が必要だろう。
そこで一句。 夏の夜のカジノに遊べ大王子* ひうち
*大王製紙は、もともと現在の四国中央市に本社があり、いまも工場が立ちならぶ。 王子製紙を超えたいという趣旨で「大王製紙」と名付けたらしい(創業者は井川伊勢吉)。