木曜日の午後7時から毎日放送MBSで「プレバト!」がある。
私も、家族と一緒によく見ている。
「俳句」コーナーが目当てなのだが、「水彩画」や「色鉛筆画」「絵手紙」などの「アート」ものも面白い。
まあ、「生け花」は、良し悪しの判断が感覚的な感じがして、あまり好みではないが。
もちろん、俳句の良し悪しの判定者は、ゲスト選者の場合を除いて、いまのところ先生の「夏井いつき」が絶対評価者なのである。
夏井の判定や解釈がいまいちだと面白くないのだが、番組の作り込みや、視聴者の関心/嗜好も反映させたシナリオがあるようで、いまのところ結構面白い番組になっているといえよう。
俳句番組では、通常、俳句作者の意図が優先される(と番組製作者には理解されているようだ)。そこでは、鑑賞者ないし解釈者は作者の意図を推し量りながら解釈するかたちをとる。
しかし、俳句鑑賞(解釈・批評)の醍醐味は、ここにあるのだろうか。
夏井先生の添削や解説の妙なのだろうか?
当然、そこが面白いところも事実だろう。
しかし、これらのパターンはいずれ飽きられてくると思う。
それは、俳句を(吟行句会も含めて)句会形式でおこなうところにあると思う。
これは断言してもよい。
さらに言えば、句会の醍醐味は、思うに、句が作者を離れて、読み手の解釈や評価、その平等な(上意下達なく、忖度・斟酌のない)議論に委ねられるところにあるのではないかと思う。
ようは、評価が高い俳句とは、多くのひとに良い句だと判定され、みなの議論になかでも評価の高かった句ということになる。
現在の「プレバト!」番組俳句は、主宰者も参加者も対等平等という「句会」ではない。
先生―生徒関係で成立する「俳句教室」なのだ。
さらにいえば、夏井いつきという絶対判定者のみが君臨し、解釈権や添削権を独占する今のやりかたは、視聴者の感受性が高くなる(舌が肥えてくる)につれて、いずれ陳腐なもの(と思われる)に堕していく可能性が大いにあるだろう。
そのようなときこそ、「プレバト!」教室型俳句は、「句会ライヴ」(俳句)という次のステージに移行したほうがいいのではないか。
すでにNHK俳句で、堀本、武井、酒井などが出ている番組は、それを行っている。
ただ、番組としてもっと面白くしたほうがいいのでは、と老婆心ながら思うのだが・・・