優雅(ゆうや、中国表記: 尤雅、1953年生まれ-)は、もともと、台湾の歌手だった。
本名は林 麗鴻(リン・レイホン)といい、1973年に来日し、翌年1974年に日本デビューを果たした。
小生ひうちが、大学に入ったことであるから、よく覚えている。
彼女=優雅は、中学生の頃から台湾語演歌歌手として活躍し、1967年に台湾のレコード会社から出した『難忘的愛人』(高石かつ枝『南国エレジー』のカバー)や、『給無良心的人』(畠山みどり『無情念仏』のカバー)などをヒットさせた。
台湾では、日本の歌謡曲で台湾向けだと思われる曲をカバーするというのが、ヒットの条件だった時代なのだろう。
1969年に台北市内のホテルのステージで歌い、見いだされ、同年開局したばかりのCTVの音楽番組に出演する。1970年、北京語アイドル歌手としてのデビューを果たし、TVドラマにも出て、テレサ・テンと並ぶビッグアイドルとなっていったという。
1973年、父親の勧めで日本に渡り作曲家・筒美京平に師事し、CBSソニーと契約、ホリプロに所属した。74年に、CBSソニーの酒井がプロデュースし、筒美が作曲し、筒美とともに同じCBSソニーのトップアイドル南沙織を手がける有馬三恵子が作詞したチームを組みシングル『処女航海』で、日本デビューを果たした。
まあまあの人気を集めたが、同年、『胸さわぎ』『異国の風』などをリリースしたあと、2年ほどで、台湾に帰ってしまった。
なお、台湾では今も活躍しているらしい。彼女の代表曲『処女航海』を北京語で歌っているという。
では、彼女の魅力はなんだろう。
もちろん、ビジュアルにもあるが、それは、異国人の発音でリズム感のいい(グルーヴィな)歌い方をするところなのだと思う。オーヤン・フィーフィーの場合は、もっと大人びていたが、彼女は、フレッシュ感があった。
有馬=筒美コンビは、彼女には、彼女の声やリズム感のいい歌い方を引き出せるような、南沙織とは違ったテイストの曲を提供したのだと思う。
たとえば、『処女航海』のイントロからのリズムは、スティヴィー・ワンダーの「迷信」風なクラヴィネットのリズムに乗せている。これは、同時期の、「君は特別」(郷ひろみ)や、筒美の楽曲ではないが、井上陽水「氷の世界」なども、同時期に採り入れている。『胸さわぎ』の感じもそうだ。
しかし、このスティヴィー・ワンダー「迷信」のクラヴィネット採り入れアイディアは、のちの、サンタ・エスメラルダ「悲しき願い」のディスコアレンジを「東京ららばい」に当てはめたほど当たらなかった(とは言っても、それぞれ中ヒットはしているのだが)。
そうそう、いいと思うアイディアは大当たりはしないものだろう ーー天才・筒美京平とて、大ヒットねらいは百発百中ではないのだ。