鴇田智哉の新句集『エレメンツ』は、素粒社、2020年11月に刊行された。
田中裕明賞受賞の前句集『凧と円柱』(2014年、ふらんす堂)よりおよそ6年後の著者第三句集。
――『プレバト‼︎』もいいけど、ガチの俳句の世界では、言葉はこんなにも更新されているんです―― とのコピーがついている。
以下、ネットにあげられている9句を紹介しよう。
【ひうち前註】
※ 鴇田の俳句は、口語ではないんだけれど文語俳句の「臭み」がない。ただ、旧仮名遣いは、芸風なのか、それ以上の意図があるのか、現代仮名遣いでもいいのではないかなあ。「ラクロス」なんて言葉が出てきて、「ゐる」などというのはやや違和感がある。これは、好みなんだろうが・・・「現在の歴史的仮名遣い」は、江戸時代末期に整理されたものが基礎だと言われているが、明治、大正、昭和(戦前)の歴史なかで変化してきている。
いまの俳句の歴史的仮名遣いの正誤や文語表現の正誤の判定は、なにを基準とするのだろう。あたらしい、俗語、外来語が多くなっている現代に、古いコトバを軸に俳句を作ることに、抵抗はないのだろうか?
ただ、鴇田は、その辺は、あんがいドライのようだ。ドライというより、戦略なのかもしれない。
そう考えると、別の句世界が見えてくる。
歴史的仮名遣いも、ひらがなの多さも、句体の文語的でなく口語体にちかい表現も。
古い言葉遣いは、現在の言語表現では短くはあらわしにくい事象や情感をみじかくあらわしうる可能性があるからかもしれない。
もっとも、句風は、そんなにむずかしくないのに、一読、よくわからない不思議な句が多い。
読み手泣かせの俳人だ。
9句を紹介しよう。簡単なコメントもそえておく。
❶火が紙にくひ込んでゐる麦の秋
➡ なぜ季語「麦の秋」と取り合わせているんだろう?
❷ストローを銜へるひとりづつ霞
➡ 銜える(くはえる)は、咥えるという字もあるが。「ひとりづつ」-「霞」か?
❸消ゴムに小暗い栗鼠をからめとる
➡ 情景が仮構できにくいが、「栗鼠をからめとる」はメタファーか?
❹いうれいは給水塔をみて育つ
➡ 「いうれい」は幽霊だが、、、
❺ラクロスは兎の夢で出来てゐる
➡ ラクロスの網の棒を想像したが、兎っぽかったかな?
❻こはるびの粒々のパラシウトたち
➡ 「パラシュート」ではなく「パラシウト」なんだ?
❼t t t ふいにさざめく子らや秋
➡ このtttは、チョコプラじゃないよね?
❽つきゆびは歌をとめどもなく辿る
➡ こう断定されると、その方向で理解をしようとしてしまうぞ。
❾あきらかに私の位置に鹿が立つ
➡ なにが「あきらかに」なんだろう? 鹿にマウントされるのがいや!というわけでもないか。
どうでしょう。これはあたり!という評が書きにくい。いいのか悪いのかも・・・ね。
なにか不思議系の俳句?
この句集の帯を、「本田」さんっていうコミック(マンガ)エッセイストらが書いている。
*『ガイコツ書店員 本田さん』『ほしとんで』作者の本田さん推薦句集!
粒々であり、波であり、そんな句が澄ましていきいき並ぶので、なんだか光にあふれています。一句ずつ、ちゃっかり意識を持っていそう。 (本書帯文より)
目次を紹介しよう。
Ⅰ トレース /トーン /プリズム
Ⅱ きのふの今 /手 /兎の夢 /目星 /めくれ /乱父
らとみくす /ふぁみら /サドル式 /薊
Ⅲ 私 /匚 /蝕 /体
あとがき
最後に、鴇田氏の紹介をしておこう。
鴇田 智哉 (トキタ トモヤ)
1969年千葉県木更津市生まれ。1996年俳句結社「魚座」(今井杏太郎主宰)にて俳句を始める。「魚座」終刊にともない、2007年「雲」(鳥居三朗主宰)入会、編集長。「雲」退会後、2015年に俳句同人誌「オルガン」創刊参加。俳句研究賞、俳人協会新人賞、田中裕明賞受賞。句集に『凧と円柱』(2014年、ふらんす堂)、『こゑふたつ』(2005年、木の山文庫)。
また、俳人の関悦史は、ブログの「俳句日誌:別館【十五句抄出】」で、下記の15句をあげている。
海胆のゐる部屋に時計が鳴る仕掛
すぢかひのつめたさ空の組み上がる
オルガンの奥は相撲をするせかい
いうれいは給水塔をみて育つ
やりとりをしてゐるヒトデ型のひと
秋の蚊をつかめば前を見てをりぬ
鵜のすでに磨かれて目のひらかれて
ハモリスク変換してる黄色てもても
しらいしは首から上を空といふ
tttふいにさざめく子らや秋
桃ぁ烟(けぶ)たぁてチャリごと突っくらす
あきらかに私の位置に鹿が立つ
あぢさゐが染みる頭のうちがはへ
この部屋が金魚となりの部屋は雨
なかにゐる水母のなかのずれてくる
さあ、みなさん、どうでしょうか?