覚せい剤、ラッシュ(薬物)所持容疑で逮捕された槇原敬之だが、今日は、この事件については、評しない。
槇原の曲をTV(NHK以外の主要民放局)で流さないという「楽曲に罪があるのか?」問題については、またの機会に考えてみたい。
今日は、前から引っかかっていた、なぜ槇原敬之と書いて「まきはら・のりゆき」と読むのか問題だ。
もちろん「敬」以外は、普通に読める。「敬」は普通、「たかし」「けい」なんじゃないか?
原敬(はら・たかし: 一説には、はら・けい とも)という首相もいたじゃないかと。
で、調べてみると、本名は、槇原範之と書いて「まきはら・のりゆき」なのだそうだ。
まあ、字画運などの問題で、「範⇒敬」にしたのかもしれない。それはそれでいいのだが、、、
はたして、「敬」は、名前として、どんな読みかたができるのだろうか?
漢和辞典を調べてみると、「あき、あつ、いつ、うや、かた、さとし、たか、たかし、とし、のり、はや、ひろ、ひろし、ゆき、よし」とある。
「のり」もあるんだ。「ゆき」もあるのなら、「槇原敬敬」で「まきはら・のりゆき」と読ませることも可能だろう。
もっと根本的なことを言えば、戸籍上、名前にふりがなを振らないから、「敬」を「やすし」と読ませても、法的には問題ないようだ。
まあ、「これをいっちゃー おしまいよ」なんだが、暫定的な結論としては、名前は大事だということだ。
【燧灘五郎】