ショーケンこと萩原健一さんが、闘病生活ののちに亡くなられたそうだ。享年69歳とのこと。ご冥福をお祈りします。
それで、役者のショーケンのことは、別の機会に書くとして、ここでは、ボ―カリストとしての、ショーケンのことを考えてみたい。
ジュリーこと沢田研二が、メインボーカルだったタイガース(京都出身)のあとを追うように、埼玉からテンプターズが出てきた。
当時中学生だった小生には、この、「テンプター」がわからなかった。姉に聞くと、「誘惑する」だという。
「ビートルズ」「アニマルズ」といい、「タイガース」「スパイダース」もそうだが、当時は、The+英語の動物名の複数形s のバンド名が多かった。
ブルージーンズ、ブルーコメッツ、も、動物ではないが、わかりやすい+イメージのバンド名だった。 まあ、寺内タケシと~、ジャッキー吉川と~、田辺昭知と~、というのも、「@@がリーダーで率いる~」という、アメリカのバンド命名法からとったというのは、感覚としてわかったが、
この「テンプターズ」=「誘惑者たち」の命名発想が当時はわからなかった。
しばらくして、あのコミックバンドの「ドリフターズ」が「漂流者たち」だということ、アメリカのバンド名を拝借していることの延長線上で、「テンプターズ」も、アメリカのバンド名を拝借しているらしいと知って、やや納得したものだ。それにしても、「誘惑」をしそうなホストクラブっぽい感じのバンドでもなかったように訝っていた。
テンプターズは、初期の「忘れえぬ君」などは、作詞・作曲の松崎由治さんがボーカルだったが、田辺昭知さんなんかが、「ショーケンがメインの方がいいいよ」とアドバイスしたのかもしれない。
このころ、デビューシングルのA面が、バンドリーダーの作詞作曲の曲を採用することはなかった。半アイドルだった、ブルコメやスパイダースなどは別として、タイガースでも、メンバーが作詞・作曲をしていたはずだ。
ようは、「アイドルは作詞作曲なんかしなくていい、そんな芸風は加山雄三さんに任せればいい! せっかく作詞・作曲してんだったら、アルバムの片隅にでも入れておくか」なんて、事務所にいわれていた時代だ。--しかし、このアイドル売り出し方針が、GSブームをを短期で終わらせた遠因ではないかとひそかに思っている。
前置きが長くなったが、ショーケンの声は、当時のGSのボーカルとしては、異質だったように思う。
のちに、英米のロッカーで、このような声でうたうグループを知ったので、ああ、そういうことだったのかも、と思うようになった。
しかし、うまいとは言えないが、なんだか、声の質に、変声期前後の少年の味がある、という感じだ。
「エメラルドの伝説」もそうだが「神様お願い」「純愛」を聴くと、なるほど、と思う。
ーーちなみに、オックスOXの「OXクライ」での野口ヒデトの声も、ショーケン声に聴こえるのは、わたしだけだろうか?
かたや、ジュリーの声は、GS当時も、PYGのときも、独特の艶(色気)がある。
PYGの「自由に歩いて愛して」なんかは、当時、ニューロックないしアートロック、サイケロック、などと呼ばれていた雰囲気を持っていた声だろう。
この話は、これから長くなるので、きょうはここまで。
【ひうち・なだ】