このところ、国会中継は、厚生労働省の統計不正疑惑問題で与野党攻防侃々諤々の状態である。
そもそも、厚労省の毎月勤労データが、エコノミストの注目をひき、アベノミクスの帳尻あわせ、消費税10%の根拠ともなっていることから見ると、「統計操作という魔法」は、見逃されてきた嫌いがある。
もっといえば、麻生財務相の発言で毎度おなじみの、少子高齢化の基礎データも、どうなんだろうか?という疑問がよぎる。

この麻生発言は、本人もそうだが、伝統的に、「産むのは」は「孕ませる=種播く ものも含む」感じであることに注意を要する。


まずは大衆=選挙民に受けて票になる政策ありき、

そしてデータというエビデンス、

ああ、マジックは簡単にどこからでも仕掛けられる。

毎月勤労統計不正調査で問われる政府統計のあり方。でも、なぜ統計は大事なのだろうか? 
統計学の第一人者で東大名誉教授の竹内啓さんは、旧ソ連や戦前戦中の日本の例を挙げ、「統計への信頼が失われれば国を誤る」と語る。
竹内さんはこう指摘する。
「数字が批判的にチェックされることがなくなると、統計の質は劣化します。戦時中は政府や軍の各部局間で乏しい資源を奪い合う状態となり、互いに情報を秘密にすることもありました。その結果、国自身が全体状況を把握できなくなりました。」

それでなんですが、このところ、お題目のように言われる「少子高齢化」の話だ。

本当のところどうなんだろうか?
もっと言えば、人口統計なんかも、疑わしい。

そのうち、AI数もごまかして、という具合に。

もちろん稀少生物やマイノリティのレッドデータなんかもそうかも知れない。

そう考えると、統計操作は怖い。

そう、「統計は最強だ」、という書が売れたが、統計は真実でもなく事実でもなく技術なのだ。

 

ベイズ確率によるベイズリング統計理論が出てくる中で、数値の可知複数解、P値、尤値という考え方をもっと勉強せねばと思うのであるが、

まずはだまされないようにすることが、大事かもしれない。そう思うのだがいかがでしょうか?。

                                                          【ひうち・なだ】