俳人、阿部 完市 の代表句は、

  ねぱーるはとても祭で花むしろ   だろう。

 

略歴を引用すると、

阿部完市:あべ かんいち(1928年~2009年)は、

東京都生まれ。俳人・精神科医で、金沢医科大学付属医学専門部(現金沢大学医学部)卒業。

1950年(22歳)より、勤務先の病院の俳句グループで作句をはじめる。

1951年、日野草城主宰の俳句結社「青玄」に入会、

1952年、西村白雲郷 の「未完」に入会、

1953年、高柳重信の「俳句評論」に入会、

1962年、金子兜太の「海程」に4号より入会、同人。

1965年、第2回海程賞受賞、

1970年、第17回現代俳句協会賞受賞。

 

1974年から、「海程」編集長。

現代俳句協会(非伝統俳句系団体)では1997年から2008年まで同協会副会長を務めた。

句集に『無帽』『絵本の空』『純白諸事』『軽のやまめ』など、

評論に『俳句幻形』『俳句心景』など。

2009年、81歳で死去、とある。

 

先日紹介した、攝津幸彦とあわせて紹介・批評されることが多い俳人だ。

それは、直観的に、色彩的音韻の妙手、という共通項があげられようか。

この「色彩的音韻」の意味するところは何かは、阿部の実際の句を読んでみてもらったほうがわかりやすいだろう。

 

 代表的な句に 以下のものがある。

 

·       少年来る無心に充分に刺すために

·       ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん

·       栃木にいろいろ雨のたましいもいたり

·       精神はぽつぺんは言うぞぽつぺん

·       きつねいてきつねこわれていたりけり

 

 *なにか独特の不思議感がある(またメルヒェンのようでもある)。また、絵本の色彩も感じる。

 

さらに、引用しよう。

 

作者「阿部完市」のプロフィール

http://www.haiku-data.jp/img/line.gif  現代俳句協会DBより

 

 

姓号

 

阿部完市

よみがな

 

あべ かんいち

生年

 

1928年

没年

 

2009年

句集名

 

『無帽』『絵本の空』『にもつは絵馬』『春日朝歌』『純白諸事』『軽のやまめ』『地動説』『阿部完市俳句集成』等。

  備考

 

海程  未完現実

 

 
 
 

あさきゆめとみしはごまの花なのか

あるいている朝の会議に羽置いて

いたりやのふいれんつえとおしとんぼ釣り

うすく書かれて山から山へ行つた隊

おろしやや目がうれしくてならぬなり

きつねつき風吹き居れば反応す

きりはたりちようつづれさせちよう芸事

この野の上白い化粧のみんないる

ごはん食べて母ていねいに生きにけり

しづかなうしろ紙の木紙の木の林

しもやけしもやけまつさかさまである

すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる

それ青陽のねぱーるのまんなか小字(こあざ)

たすけてほしいのです洋梨くるりくるり

たとえば一位の木のいちいとは風に揺られる

とんぼ連れて味方あつまる山の国

にもつは絵馬風の品川すぎている

ねぱーるはとても祭で花むしろ

ひたと冬見て馬ら秩父市往来す

ひらひらと波と他人と動けば歌

ひらりと生れた本一冊を忘れぬ朝

ふすまなめらかにあき物言い青墓(あおばか)町

みてやれば水素記号のようなり舟の子

みどりの畳に鯉のようにわれはいるなり

みやこが見える白い絵の咲くところから

やらやらと朝やつてくる蝶氏など

やわらかに戦線まがる鶴の下

るんるんと胎児つらぬく砲あつて

ろりろりと印度の少女雲を嚙む

わたしらいそぐかんざしかくしてある山奥

われ四万十川のその川面を打擲す

カンテラ照らす昨日泊つて来た昔

ノートとる月の野山の学生達

ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん

一冊の夏のはじめに睡る鶴

一月真言大鯉をぶつ切り居り

一隊の罪があかるし夜の原

三月の紙でつくつた裏あける

三輪車で国境こえるかるくなり

上陸のようなり知人つづいて鶏

下界はやみつばうまくて知人働らく

不発弾ひとつはこんで馬帰る

中国地方へ一点夏馬かすかであつた

今晩かならずこの白百日紅あふれます

他国見る絵本の空にぶらさがり

傘さすならば水田にうかびけり

僕を売るごくごくごくと鈴飲んで

兎がはこぶわが名草の名きれいなり

兎ら妹らしずかに想像している乱

冬眠の蛇のごとくに尊しや

 

などなど。

 

有季定型や客観写生に縛られない独特の韻律で、内容的に意味の取れないような句もしばしばある。

意味性以前の言葉の無意識性にまで遡ろうとする前衛的な句風である。

医師であった完市は30代のころ、LSD(幻覚体験をするという)を服用してその様子を自己観察し、その上で俳句を作るという実験も行った。このときの体験は完市にとって「無意識」を実感させた一大事件であったという。

このとき作った俳句は未刊句集『証』として全句集に収録されている。

 

なにか、攝津幸彦の俳句に通じていると感じられよう。

日野草城 高柳重信 という 共通項が媒介するものが見えようか。

詳細は、他日を期したい。

 

[参考文献]

·   金子兜太編 『現代の俳人101』 新書館、2004年

·    斎藤慎爾・坪内稔典・夏石番矢・復本一郎 編 『現代俳句ハンドブック』 雄山閣、1995年