西城秀樹が亡くなった。同年代だっただけに、また、近年の闘病生活で頑張っていただけに残念だ。

 

ヒデキのうたには、いくつかのルーツがあると思う。

1つは、美樹克彦。「回転禁止の青春さ」「花は遅かった」など。曲調、アクションのもとになっていると見た。

しかし、声質がヒデキの方が、ハスキーでより絶唱する。

2つめは、ロカビリー。日劇ウエスタンカーニバルの雰囲気、そして、プレスリー。

3つめは、ハードロッカーのボーカリスト、ロッド・ステュアートやジョー・コッカ―というより、ロバート・プラントやイアン・ギランなどを意識したのではないかと思う。しかし、シャウトではなく、ビブラートをきかせた唱法で、布施明のカンツォーネ張りの「愛の終わりに」の歌い方なども意識していたと思う。これは、本人というより、スタッフが、ということだろう。

 

デビュー曲の「恋する季節」は、筒美京平作曲だが、まだ、ヒデキの良さが出ていない。

筒美は、同時期に、ひろみ、五郎の作曲も手掛けていたので、3人のスタッフサイドから「ヒットチャート1番の曲をお願いします」と頼まれ、困っていたのではないかと思う。

 

馬飼野康二に作編曲がかわり、安井かずみが詞を書いた「ちぎれた愛」になって、ようやくヒデキの歌の原型ができたように思う。

大げさなイントロ、厳粛なブラス、滝のようなドラム、荘厳なティンパニ、そして叫ぶようなセリフ、現代の男女の道行のような歌詞と曲、これは「カンツォーネ・ロック歌謡」だと感じた。、--そう、その前後から、ヒデキの曲は、くす玉を割り続けるような激しいアップテンポの絶唱曲ばかりだった。ひろみ、五郎と比べると、その際立ち方がわかる。

ステージでも、オープニングからラストまで、ガンガンいく系の曲・振りでせめていたように思う。

へんに、レイドバックしない潔さがあった。

 

しかし、ヒデキは、布施明を敬愛していたことからも、「抱きしめてジルバ」「いとしのエリー」のようなバラードが歌いたかったのではないかと思う。また、声質も、バラードにも向いていたようにも思う。

だが、やはり、「ヒデキ」という看板には、バラードは似合わない。ーーそう思うのだ。

 

ただし、「勇気があれば」は別だが・・・

 

 

 

ご冥福を祈ります。                      【ひうちくん】