丹波の岡ちゃんさん ありがとうございます。
ブルコメがレイジーにつながっているかいないかという、難題を寄せられましたが、小生は、つながっていると思います。
そのまえに、補助線を引くと、寺内タケシとブルージーンズという、多くのミュージシャンを輩出したバンドがありますね。
そのなかでも、日本のロックシーンで重要な役割を果たした、内田裕也がいます。彼も、ブルージンズに在籍していました。
内田が、日本でロックをと「内田裕也とザ・フラワーズ」を結成したとき、ブルコメの没曲「ラストチャンス」(作曲:井上忠夫)がデビュー曲になりました。まだ、演歌っぽいロックで、麻生レミがボーカルでした。
その後、フラワートラベリンバンドに改変して、ジョー山中がメインとなって、レッドツエッペリンやディープパープル風のハードロックボーカル、ようするに、ハイトーンシャウト系のロックボーカルが、日本でも誕生した。
これを後追いする形で出てきたのが、レイジーだと思う。ーー同時期、チャー、ツイスト、原田真二らがいた。
チャーがジミヘンドリクスを敬愛し、レイジーは、そのバンド名の由来たる「ディープパープル」を敬愛していた。
レイジーは、そのハードロックの力とは別のアイドルバンドとしてプロデュースされたため、欲求不満で解散せざるを得なかった。
かまやつひろし、遠藤賢治、奥田民生、斎藤和義などのファンがいたのだが。
小生の高校時代、ツエッペリン、Dパープルをギンギンにきくというのが流行ったが、それは、むしろハイソサエティの子弟が好み、逆に、労働者階級?の子弟は、キャロル(矢沢永吉)やファニカン(桑名正博)という、大衆的ロックスタイルに関心を持ったのではないだろうか?
とりあえず、ブルコメがレイジーとつながっているということですが、いかがでしょうか。
【ひうちくん】