《P2側から見るマキヨセの頭》
ひつぞうです。今夜は《奥秩父の秘峰・五郎山》の後篇です。
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一時間近く山の景色を眺めながらふたりで談笑した。
長いつきあいの友だちのようなものなので話題には事欠かない。時々共通の知人から「よく話すことがあるね」と呆れられることも屡々。話の種などたいした内容ではない。もし目的追求型の会話など始めたら、夫婦なんて主導権の奪い合いにしかならない。これは僕だけの持論。
奥までいけば別角度の眺望が得られそうだよ。
「いってみる」
三角点から10㍍ほど西に尾根を伝っていった。
「おー!こりは!」
「こっちはワイルドな光景だにゃ」
なるほど。P2とマキヨセの頭が縦列しているよ。
そろそろいい時間になったので下山することにした。結局この日は誰とも出逢わなかった。
山頂は東西に伸びているので東側の鼻にも行ってみた。そこからはひと月前に縦走した三国尾根が視界を横断していて、その奥に、やはり、両神山の特徴ある稜線が並び、更には東西の御荷鉾山のシルエットがあった。
十文字峠を挟んだ南寄りには(この日幾度見上げたことだろう)三宝山の姿があった。鶏冠尾根から甲武信ヶ岳に入山したあの日が初めての本格的な奥秩父紀行だった。それ以来、際立つ絶景は数えるほどしかない樹林に目隠しされた稜線なのに、また、幾たびも痛い目に遭いながらも、春夏秋冬、殆どの稜線と尾根、それに(僅かながら)沢を歩いてきた。悔いはないかもしれない。もう奥秩父に来れないとしても。
不思議と、この山域を訪れるたびにそう思う。
南面を降って、まずは崖下のバンドに向かう。
まだ雪も少ない。踝丈を越えるようになると、奥秩父の山肌は途端に厄介になる。
バンドをゆっくり通過。殆ど無風なので左程怖くはない。
ただし、立木にザックを弾かれないように。
もうちょっと。
P2の手前まで戻ってきた。
コルから登り返す。
途中の藪の切れ目からは、先日下山の際に通過した、三国峠から続く林道脇の裸地が見えた。
あそこからこっちを撮影したんだよ。
「どんなやつ?」
これ。
左手前に悪石、右奥に五郎山(2022年12月3日撮影)
山頂が左、中、右に分かれているでしょ。とりわけVカットが著しい鞍部がココ。
「なるほどにゃ」だからナンダ?と言ったら怒るだろうにゃ
見蕩れている場合じゃない。細心の注意を払って今度は北面をトラバース。
ここ、厭だったなあ。岩がカブり気味なのにロープが寸足らずなんだよね。滑ったら5㍍は滑落する。
P2を通過した。すぐにマキヨセの頭が迫ってきた。もう安心だね。
「コンパクトな登山は不安がないから良い」
そういうこと!
緊張感ある山歩きは、それはそれでワクワク感があって愉しいけれど、度が過ぎると「期待」は不安や恐怖に変わる。適度なストレスは生命を活性化する。しかし、過度に曝されれば命の危険に結びつく。ハンス・セリエの学説を待つまでもなく、ストレスは旨く使いこなせばアドレナリン=快楽の源になる。だからこそ囚われ過ぎて命を失う事故も絶えない。その意味で登山は決定的にスポーツではない。
「またなんか言っとるよ」ヒツジ小劇場が始まったにゃ
まだ午後一時を回ったばかりなのに夕暮れどきを感じるね。
マキヨセの頭まで戻ってきた。
「なんでマキヨセの頭って云うのち?」?
マキヨセ沢の源頭なんだよ。だから。たぶん薪が流れに寄せられる急な沢なんじゃない?
「ほんち~?」
ここから厭らしいゾーン。
今回のコースで一番イヤだったかも。左に落ちたら、そのままあの世ゆき。
あとは激くだりが待っている。
道があるのかどうかよくわからん。これって闇夜だったら迷うね。
林道に無事降りた。折角なので幻の滝にも寄ろう。
「どして午前中に寄らなかったの?」
昼前だと西側は日陰でしょ。美しくないもの。
「なるほど」一応は考えてるんだ、四つ足のくせに
紛らわしい標識なんだよね。幻の滝へはT字に分岐する。歩くこと約5分。
「こ、こりは!」
「大氷瀑だ!」
見事だったね。知る人ぞ知る幻の氷瀑なんだよ。ここ。
特にこの年末は冷え込みが厳しかったから。
よく見るとベルグラ状になっていて、沢水も音を立ててしっかり流れている。
「蹴っても叩いても割れんよ」
そりゃそうだよ。人力では無理。それに割らんでよい。他の人が美しく見られないでしょ。
「けち!」
滝は二段になっているんだね。素晴らしいものを観させて頂いたよ。
「実際に自分の眼で観ないとスケールが伝わらないかも」
だね。
ということで無事戻ってきた。さすがに午後二時を回ると、山裾は急速に冷え込みが増してくる。汗冷えしないように手早く着替えて帰宅の途についた。
「でもなんでシボコリ窪っていうのかにゃ?」ソボクな疑問
多分だけど柴刈り=シボコリって転訛していったんじゃないかな。マキヨセ(薪寄せ)沢と意味が繋がるし。このあたりも炭焼きを生業にする人びとが暮らしていたんだよ。その昔。
「ま、いいや」期待したサルが莫迦だった
ひどいね。
町田市自然休暇村の施設の奥に、マキヨセの頭が顕著なピークを曝していた。地元の人たちは年越しの準備に忙しそうだった。
「うちは遊んでばっか」キリギリス一家だの
(おわり)
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