旅の思い出「夕鶴記念館」(静岡県・湯ヶ島) | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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夕鶴記念館

℡)0558-85-1056

 

往訪日:2021年8月7日

所在地:静岡県伊豆市湯ヶ島176-2

開館時間:10時~16時(火曜定休)

入館料:大人320円 子供160円

駐車場:70台

 

≪一般客には全く判らない謎の建物≫

 

こんばんは。ひつぞうです。箱根峠を越えてやってきたのは天城湯ヶ島。平成の大合併で味も素っ気もない名前の自治体になってしまいましたが、訪れるたびに旅情を感じる好きな場所です。ここに以前から気になっていた建物があります。

 

「なに?夕鶴って。日本酒きゃ?」サル

 

違うよ。木下順二って劇作家が書いた戯曲だよ。

 

「面白いのち?」サル

 

舞台は観たことないけれど、民話「鶴の恩返し」を題材にした現代劇なんだ。

 

★ ★ ★

 

ひとつ気になることがあった。木下順二は熊本の出身。そして主人公つうを演じ続けた俳優山本安英は東京都出身。舞台もどこと特定されていない。なのになぜ湯ヶ島なのだろう。

 

記念館は市営観光施設(休館)である天城会館の付属施設になっていた。料金を支払うとスタッフがシアタールームに案内してくれる。ここで16分間映像を鑑賞する。

 

 

貸切だった。上演当時の大道具が設えられた舞台に期待を込めて眼を凝らす。何も起こる気配はない。するとスクリーンがするする降りてきた。大道具はただの装飾らしい。そのうち舞台の録画が流れ出し、戯曲『夕鶴』の説明と解題が始まった。

 

「あれでしょ。機織りを覗いた粗忽な男が女房に逃げられちゃうヤツ」サル

 

欲に眼が眩んで純粋さを失った男に女(鶴)が愛想尽かすという物語ね。人間のやることって全然変わらないんだよ。単純明快な物語なんだけど、1000回を超えるロングランになったんだ。森光子さんの『放浪記』が記録を塗り替えるまではギネスものだったそうな。

 

山本安英(1902-1993)

 

主人公つうを演じたのは山本安英(やまもと・やすえ)さん。左翼系近代演劇の始祖小山内薫築地小劇場で腕を磨いたのち、戦後になって木下順二と出逢う。ライフワークとなる『夕鶴』は木下先生が山本さんのために書いた台本なんだ。一度は観たかったなあ。学生の頃は存命だったし。

 

 

(木下先生の生原稿)

 

これは核心場面のつうの長台詞の部分。全て暗記して悲痛な想いを告げる鶴女房の心情を全身で表現する。これは並大抵のことではない。つうが織った反物目当ての仲買人に指嗾されて、夫の与ひょうは人が変わっていく。つうは痛切な声で与ひょうに語りかける。

 

“与ひょう。あたしの大事な与ひょう、あんたはどうしたの?あんたはだんだんに変わって行く。何だか分からないけれど、あたしとは別な世界の人になって行ってしまう。あの、あたしには言葉も分からない人たち、いつかあたしを矢で射たような、あの恐ろしい人たちとおんなじになって行ってしまう。どうしたの?あんたは。どうずればいいの?あたしは。あたしは一体どうすればいいの?……あんたはあたしの命を助けてくれた。なんのむくいも望まないで、ただあたしをかわいそうに思って矢を抜いてくれた。それが本当に嬉しかったから、あたしはあんたのところに来たのよ。(略)”

 

(※この山本先生の科白はシアターで聞くことができる)

 

男の無垢にほだされて無償の愛を捧げた女房の心持ちを、男は遂に理解しないままに、慾と快楽に釣られてしまう。儲けを見せれば女房も喜ぶだろうと。女房はとまどいながら、一縷の可能性に縋ろうとする。それが最後の機織りだった。

 

(かつて様々な版元から出ていた。新潮文庫と岩波文庫が健在)

 

男女の幸福原理の違いや、発表当時の社会的格差の隠喩のようにも取れる。また、無垢なるものから俗なるものへの転身は人間の原罪を、迷いびとを受容する女房は救い主を表しているようにも取れる。だが、とりわけ観る者のこころを捉えるのは、か弱い生き物が、戸惑いながらも、言葉以外のなにかで愛しい者の愛を取り戻そうとする、その「純粋性」ではないだろうか。

 

「男も女も結婚したら変わるだよ」サル

 

あら。現実的なご意見ね。

 

 

上演当時のセットが保存されていた。使われることはもう二度とないだろう。

 

★ ★ ★

 

女房役は生涯にわたって山本安英さんが演じ続けたが、相手の与ひょう役は大きく三期に分かれる。

 

 

最初は山本先生が旗揚げした≪ぶどうの会≫桑山正一さん。

 

 

二期目は親交の深かった劇団民藝宇野重吉さん。歌手の寺尾聰さんの父君である。宇野さんの演技は映画(『愛妻物語』『原爆の子』『破れ太鼓』など)でしか観たことがないが、敢えて泥臭さを交えながらのオーバージェスチャーなスタイルだったように記憶する。まさに無垢無辜な与ひょう役にはうってつけだったかもしれない。

 

 

そして、最後のパートナーが狂言役者の茂山千之丞さん。最初のシアターで上映されるのが千之丞さんの演技。古典演劇出身らしいメリハリの利いた台詞回しが印象的だった。

 

(山本先生が実際に舞台で身につけた衣裳)

 

しかし。なぜ大切なゆかりの品の全てが、この湯ヶ島にあるのだろう。調べていくうちに木下先生が常用されていた宿が機縁と判った。それは白壁荘。湯ヶ島では一二を争うデザイナーズ系の和モダン旅館である。≪ぶどうの会≫解散後も山本先生は地方公演に力を注がれた。そんな舞台を湯ヶ島にも招こう。白壁荘館主の尽力によって上演は実現。そんなこんなで記念館設立に至った。両先生が逝去されて、現代劇も下火の昨今、このまま埋もれてしまうのはちょっと残念な気がした。

 

「時代は移り変わるもんにゃ」サル

 

国語の教科書に載っている名作中の名作だったけどね。僕らが子供の頃は。

 

=おまけ=

 

ちなみにこの近くのマルゼン精肉店のイノシシベーコンと味噌漬けは極上品である。

 

(画像はお借りました)

 

名物のイノシシコロッケは時節柄作っていないみたい…残念。

 

(これも借りもの)

 

近くによったら是非お買い求めください。猪肉なので多少値段は張るけれどめっちゃ旨いです!和洋中なんにもで合います(要冷蔵)。ということでもうひとつ安藤ワサビ店が近所なので寄ってみたところ売り場は少し離れているのだそうな。

 

「いこう!いこう!」サル

 

ということでまたまた移動です。

 

(更につづく)

 

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