映画鑑賞「月はどっちに出ている」(1993年) | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

「月はどっちに出ている」

(1993年/日本・シネカノン)

 

監督:崔洋一

脚本:崔洋一、鄭義信

製作:李鳳宇(シネカノン)

原作:梁石日

出演:岸谷五朗、ルビー・モレノ、絵沢萌子、小木茂光、遠藤憲一、有薗芳記、麿赤児ほか

 

ネタバレあり(画像は全てネットよりお借りしました)

 

こんばんは。ひつぞうです。今夜も旧作映画のご紹介(興味薄な方はスルーしてね)。在日コリアン青年とフィリピン人ホステスの恋を描いて、この年の国内映画賞を総ナメにした秀作。封切り当時の僕は、水の合わない大阪の街で仕事を覚えるのに精一杯。好きな映画や小説、そして登山からも遠ざかっていた。そんな生活にあっても『月はどっちに出ている』の評判だけは耳に入っていた。

 

★ ★ ★

 

原作は梁石日(ヤン・ソギル)の自伝小説『タクシー狂操曲』。物語はタクシー会社の一日の始まりとともに幕を開ける。孤独な元ボクサー、吃音気味の喧嘩っ早い男、そして、在日コリアンの姜忠男(岸谷五朗)など曲者揃いの職場にひとりの新人が入ってくる。男は極度の方向音痴で、迷うたびに電話で所長にこう尋ねる。

 

「自分はいったいどこにいるのでしょう」

 

所長は面倒臭げに繰り返す。

「安保さん。月はどっちにでていますか?」

 

★ ★ ★

 

タイトルとなったこのフレーズは、人生の羅針盤を失った男たちの迷い道のアレゴリーでもある。そして「月」とは希望なのだろう。時代設定はバブル末期。金田タクシーの若社長・金世一(小木茂光)は闇金経営の朴光洙(遠藤憲一)とともにゴルフ場開発に手を染めようとしていた。パチンコ店や焼き肉店はもう古い。彼ら第二世代が求めるのは煌びやかさ。祖国統一は表向きの政治目標でしかない。そうした成り上がりの図式を、忠男は冷ややかに眺めている。

 

その忠男の母も家族のために日本に渡り、水商売でひと財産を築き、祖国に残した家族のための月々の“仕送り”に忙しくしていた。ある日、忠男は母親のカラオケスナックで働くフィリピン人女性コニー(ルビー・モレノ)に出逢い恋に落ちる。彼女のアパートに強引に潜りこんだ忠男は、求めに応じてフィリピンに渡ると誓う。

 

 

日本を舞台にしながら、在日の若者の日常と“異邦人”同士の恋愛を、ロードムービー風に表現したのが新鮮で、のちの『パッチギ!』『GO』など、在日コリアンムービーのブームを呼ぶきっかけとなった。そして、どちらかと言えば政治的に描かれた「在日」の姿を、日常の延長として捉える流れを作ったと云える。

 

当時、自然体な演技が絶賛されたルビー・モレノ。確かに、どこまでが演技でどこからが素なのか微妙な、抑揚のない関西弁がとても印象的だ。

 

初めて出逢ったコニーが忠男に向かって言うセリフ。

 

「儲かってまっか?」

 

「えっ?」

 

チャラい忠男も物怖じしないコニーに気おされて言葉を失う。

 

「儲かってまっかって言われたら『ボチボチでんなあ』って云うんちゃう?」

 

助手席で半身を攀じってそうなじるルビー・モレノ。

 

 

もし、他の映画だったら、この人は幸福なタレント人生のスタートを切ったのだろうか。

ご存知のように、その後、様々なトラブルを引き起こして母国に逃げ帰ったルビーは、本国で女優業を続けたものの鳴かず飛ばずだった。判る気がする。全てはキャスティングの妙、監督・崔洋一の演出の冴えだったのか。ただし、彼女抜きでは映画の成功もなかっただろう。

 

★ ★ ★

 

物語に戻ろう。祖国愛の強い母(絵沢萌子)はコニーと忠男の恋愛に大反対。二人を切り離すために、遠くはなれた歓楽街に新しい就職口を“斡旋”するしまつ。憎まれ口を叩けども、所詮は雇われの身分。コニーは大きなバッグを背負って見知らぬ街に消えてゆく。

 

温泉通であれば、バックの山なみや街の風景から、そこが甲府の石和(いさわ)温泉であることに気づくだろう(物語では塩尻になっているけれど)。バブル時代に関東一円から多くの社用族が押しかけた“名湯”である。そう。この映画、物語もいいけれど、随所に見られる平成バブルの残滓を見つけるのも、その世代には懐かしく愉しい。ネタにされる巨大携帯電話。肩パッドの張ったボディコンシャス。見るのも恥ずかしいパステルカラーのソフトスーツ。アルマーニベルサーチは時代の象徴だったのだが…。

 

「昔のおサルをディスっているのち?」サル

 

またまた脱線した。まもなく朴の不渡りが許で、保証人となった金田タクシーは暴力団に差し押さえられてしまう。全てを失った世一は灯油をまいて焼身自殺を図るが死にきれない。だが会社は灰と化してしまった。

 

(そう世のなかに旨い話はない。製作当時はバブル崩壊の三年後。一攫千金を夢見た若い山師は僕らの周りにもたくさんいた。そして、映画の作中人物同様、彼らはどこかに消えていった。)

 

「いっぱいいただよ。おサルの周辺にもにゃ。花持って現れた」サル

 

フェイドインすると、見慣れた黄色いタクシーと異なる黒い車体が、甲府盆地の山並みを背にして走ってくる。ドライバーは公衆電話から電話する。直後、目の前のフィリピンパブから、馘になったコニーが店主に毒づきながら出てくる。

 

「あんたがやったんか?」

 

 

照れ臭げに忠男はコニーのバッグを押し込んでハンドルを握り、腐れ縁の二人を乗せたタクシーが再び走り出す。キャメラは大きく引いて、ひと気のない昼日なかの歓楽街を写しだす。

 

月はどっちに出ている?

 

★ ★ ★

 

解散したシネカノンの第一作。失敗作もあったが『パッチギ!』『フラガール』など優れた作品も多く世に出した。日本映画に残した功績は大きい。今回鑑賞するに及んで、近年の本作への評価を調べたが、ほとんど顧みられていないのが淋しかった。

 

このような秀作が忘れられかけていることが少し残念に思えた。

 

(おわり)

 

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