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はいちゅうの・だえい 【杯中の陀影】
◆ 疑うと、なんでもないことにも怯えること。
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羊介が初めて賭け事をしたのが、いつだったのか覚えていない。
しかし、小学生の2,3年の頃には賭け事を理解できていたように思う。
少額の賭け事でも燃えることができた。
こいこいやオイチョカブは、兄貴とさんざんやった。
勝っても負けてもおもしろかった。
小学校でパチンコに連れて行ってもらってから、ずっとパチンコへの思いが抜けなかった。
高校に行ったらパチンコばかりしていた。
その時分は、まだ羽物もなくチューリップだけのものしかなかった。
それでも、大半は勝った。
バネの調子で、狙う位置にどれだけ玉が集まるか、という台を探し打ち歩いた。
タイガー(羽物)が出現したが、台の狙い方は変わらなかった。
結局、くぎを読めるようにはならなかったが・・・。
デジタルが主流になってきた時、前からやっていた麻雀に転向した。
パチンコで稼げなくなったからだ。
麻雀放浪記が好きで何度も読み返した。
中でも青春編の最初のくだりで、哲がチンチロを3日間 「見」 している所に共感できた。
命の次に大事なたね銭という考えも好きだった。
新麻雀放浪記の大勝の章は自分の目標である気がする。
救世主とも言える一発台が出た時は飛びついた。
パチンコ台の元祖を凝縮したような台であった。
一発台は集中力の勝負だったから羊介の得意とするところであった。
最初の頃の台は、中央に3連チューリップがあり、一番上のチューリップに1つ入れたら終わり。
その頃、バネのいい台なら1時間で15万は抜く自信があった。
バネ次第なのである。
似たような機種がいくつか出た後、3つ穴のやつが出現した。
今で言うカイジのクルーンのついたやつだ。
そこで、また少し引いた。
考えてみると馬鹿な事もあった。
飲み屋のおねーさんとボーリングをしていた時の事・・・。
「あたしが勝ったら抱いてくれる?」
なんていう美味しい事を言われ・・・。
1ピン差で勝ってガッツポーズをしたことも・・・。
ああ・・・。ばか。
麻雀の方もなかなか面子が集まらなくなり、今度は競馬へ。
しばらく、様子をみてから競馬のプログラムを組んでみた。
あの頃はまだウインドウズも出ていなかったのでベーシックで組んでいた。
どのように組んだかというと、過去のレースがその結果になるようにしただけ。
しかし、全てがヒットするようには組めないので、同じ買い方で利益が出るように組んだ。
中山の芝1600mとか、東京のダート1800mとか過去の配当で確実にプラスになるレースだけを買った。
プラスにはなったが、同じプログラムでは2~3ヶ月しかもたなかった。
万馬券も結構とれたが、競馬として楽しめなかった。
馬を数値でしか見れなかったからであろう。
プログラムを組みかえるのに嫌気がさして、また引いた。
そこに登場したのがLOTO6である。
まさに数字の羅列・・・画期的なものに出会った・・・・・・はずであった。
データを集め、プログラム3割ほど完成の頃。
そう、あのパチスロに出会ってしまったのだ。
おかげで、未だプログラムは5年間未完成のままだ。