感情を取り戻してるとこ | ひつじがすき

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美容師を9年目で辞め。羊飼い目指してます。毎日の出来事を。自分の考えを書いていきます!

スピリチュアルも大好きです!羊も大好きです!クラリネットも吹いてます!

昨夜、ブログを書いて、寝れなくなってしまいました。



それはもう、自分が、このまま死ぬんだなって、


死を受け入れる気持ちになってしまったもんだから。












昨日の記事には、明るく書いてみたけど、








十分頑張ってきたんだから、



いつ死んでもかまわない。






そう思って、安堵したと思ったら、





とたんに、涙がこみ上げてきました。










自分は、死んでもかまわないなんて思ったのに、


なんで、悲しいんだろう。









それは、




「池田淳」




という、


存在が、





一人の人間が、死ぬ。






と思ったから、





悲しくなったのです。



それは、意図しようしてなくて、


ただただ、湧いた感情なのです。






「死んでもいい」

と思ったから、といって、

「悲しくない」なんて、そんな理屈じゃないんです。





「悲しい」のは「悲しい」からなんです。











前に同じようなことがありました。


実家で、小学生の頃から飼っていた、愛犬が、




僕が社会人になってから、実家を出て、


なかなか会えなくなって、




どんどん衰えていって、





いつ死んでも後悔ないように、精一杯愛そう。




そう思って、




寝たきりに、なった時も、





最後の最後まで、愛そう。



だから、例え死んでも、泣かない。


泣くのはこの子に失礼だ。









そう、思って。








だけど、





忘れもしないクリスマスの夜





夢にその子が出てきて、




最後に会った時の、寝たきりとは違って、昔のように元気な姿で、

実家に帰ってきた僕に、尻尾を振る犬。



夢だとも、思わずに、




元気になったんだ~✨良かったぁ🎵って、


ふわぁっと、いい気分で目が覚めたら、





携帯がなって、


母から


「クリスマスに天国に行きます🐶いっぱい可愛がってくれてありがとう❤まさより」


とメールがあり。









夢とのあまりの落差に、僕は声を出して泣きました。







あの時の、心から湧いてくるような、感情。


悲しみ、寂しさ、




を、



昨日も感じたのです。








そう。




だから、感情って、理屈じゃないんだなって。










なんで感情を、コントロールしようとしているんだろう。









いつだって、想像を越えた先に、感動はあるのに。










その感動は、







喜びでも、悲しみでも、



きっと同じことだろう。










そして、昨日の、あの自殺の遺言みたいな空気になった記事を書いて。





目が覚めた今日。





なんだか、嘘みたいに。


元気。





ってか、天気良いし。




(笑)





癌なんじゃないかとか、考えてたのに、頭痛もどっか行ってるし、


食欲無くて、流動食しか食べれなくて、


飲み物と、おかゆと、ゼリーで2日くらい過ごしたら、


下っ腹が、ぺったんこになったり。



体も足のむくみがなくなってる。




どうりで足取りが軽いわけだ。




なんだか、仕事も前向きに楽しく感じてきちゃったり。






いくらなんでも、落差ありすぎだろ~




なんて思ったけど、やっぱり楽しくて(笑)








思えば、ここ何年かで、どんどん感情の波が激しくなってきてる、、



というか、



もともと、人生の波って、あるんだけど、




その感覚がどんどん小さくなってきて、





だから、食欲とかも変わったり、


感情も、本当に変わったりするし、






これって、



躁鬱なんじゃないか!





って、思ったんですよ。










そんな軽々しく病気だ、障害だと当てはめるなと、思うかもしれないけど、



いや、きっと、これがそうなんだろうなって。




少なからず、そういう人の気持ちが僕はやっと理解できたつもりです。








だからわかったのは、






それって、すごく人間らしいってこと。










感情の起伏が激しいって、





すごく人間らしいじゃん。







それがコントロール出来ないって、





いやいや、そもそも感情はコントロールするものじゃなかったじゃん。





赤ちゃんってそうだったよね。










僕は、わりと感情の起伏を表に出ないタイプだったから、




だから



「安心感」とか「安定感」とか、言われてきたし、



それが長所だと思ってたし、



その状態でいたいと思っていた。









だけど、そんな自分でも、




やっぱり波はあった。



それは、全然人から見たら、わからなくて、



じわじわーっとしたものだったから、



離れて見れば、波の大きさはおっきいのに




「今ここ」の自分や、まわりは気付かない。









だから、「気付いて欲しい」が沢山たまっていたし。




「気付いてほしい」

から

「気付いてあげたい」


にすり替えてた。








だから、自分でもわからない理由で感情の、起伏が出てきた~



って、





いやいや、





わからない、


というか、



鈍ってしまったいるだけで、





その「感情」には、絶対「理由」がある。


どんなささいなことでも。







その「理由」を知ることが


「コントロール」や「支配」に繋がってしまうから、


こじれてくるのだ。










自然がそうであるように。





宇宙がそうであるように。










そんな、生き方がしたい。










だから、今は、





感情を取り戻してるとこ。








なのだ。







(笑)












ひつじ@^エ^)