昨日の天気ニュースで、

気象庁は九州南部・北部(山口県を含む)が「梅雨入りしたとみられる」と発表

と報道されていました。

昨年のブログで、

熊本県は九州北部だけど人吉球磨の気象は九州南部寄り

みたいなことを書きましたが、今回は同時に梅雨入りなので紛らわしくなくて良かったです。

平年の梅雨明けは7月15日(九州南部)~7月19日(九州北部)で、全国的には7月中旬~下旬のようです。

私が小学生だった頃は、7月1日がプール開きであり、その頃には既に夏空が広がっていたように記憶していますが、地域が違うとかだけはでなく、今は天候そのものが変わってきているのでしょう。

ところで、この梅雨の時期は沢山の紫陽花が方々で綺麗に咲いていることが、当地に移ってきた当時は不思議に思っていました。

というのも今まで住んだことのある街では、こんなに紫陽花を見ることがなかったからです。

理由が分からないので少し調べてみたら、

紫陽花を庭に植えてはいけないと言われるのは何故か

について「暮らしーの」さんが説明してくれていて、

医療の発展していない時代では梅雨時は気温の変化が激しいため、多くの病人や死者が出ていたため 梅雨の時期に死者への手向けの花としてお寺や墓地に多く植えられた

とか、

「紫陽花の花びらが4枚だから死に繋がる」 などの理由から「死」と結びついたため庭に植えると縁起が悪いと言われていた

のだからなのかもしれません。

一方で、スプブレさんによれば、

「紫陽花」は、ヨーロッパでは魔法にも使われることがあります。「紫陽花」の茎の皮を燃やして、持ち運んだり、あるいは家の中で巻いたりすることで、呪いを解くことができると信じられています。

そうですし、日本国内でも、

愛知県蒲郡市や石川県金沢市の一部で、昔から人に見つかることなく、他人の家にある「紫陽花」の花を一本盗んで来て、自分の家に飾ることで、厄除けと金運、商売繁盛につながると信じられています。

ということもあるみたいです。

更に、wikipediaでは、

『万葉集』では「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」の字をあてて書かれている

とも説明しているので、詳しく知るために初心者向けの専門サイト「たのしい万葉集」さんに行ってみると、

言問わぬ木すら紫陽花諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり

と、

紫陽花の八重咲く如く八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ

の2つの歌で紫陽花が取り上げられていることがわかりました。

前者の意味は、

ものを言わない木でさえ、紫陽花(あじさい)のように移りやすいものがあります。(言葉をあやつる)諸弟(もろえ)たちの言葉にすっかりだまされてしまいました。

にてよく分からないのですが、後者は、

紫陽花(あじさい)の花が八重に咲くように、いついつまでも栄えてください。あなた様を見仰ぎつつお慕いいたします。

ということだそうですから、その頃から、日本人は紫陽花に親しんでいたのかもしれません。

ただ、先の「暮らしーの」さんによれば、

奈良時代から記録があるにもかかわらず、注目され、人気が出るようになったのは第二次世界大戦後。 その間はほとんど注目されませんでした。

とのことですし、元々、

紫陽花の原産地は日本に古くからある品種の「アジサイ科アジサイ属」の日本に自生しているガクアジサイが原産

なのに、

ヨーロッパでも「ガクアジサイ」を元に品種改良されています。ヨーロッパで改良された紫陽花を西洋アジサイと呼ばれ、日本に逆輸入されてさらに改良されています。 広く紫陽花としてイメージされているのはガクアジサイが改良されたホンアジサイなのだそうです。

とかで、戦後になって、しかも外国から逆輸入されて改良されてから人気がでてきたようです。

そして、その紫陽花の色は人吉球磨の風景にとても合います。

人吉市郊外~球磨郡下を車で走ると、フロントガラスの半分位が木々の緑色で覆われるのですが、その中に時々飛び込んでくる紫陽花がとても綺麗です。

本当は実物を見て欲しいものの、かといって他所の家の玄関先の写真を載せるのもどうかと思うので、photo acさんから借りた写真で抜群の相性の良さを確認して下さい。



また、人吉市郊外には、個人の方が運営しておられる「あじさいパーク」があります。

私はまだ行ったことがないのですが、こことかここで紹介されていますので、一度ご覧ください。

こんな風に、季節ごとに花を愛でることができるのが人吉球磨の良い所であり、今は存分に楽しんでいます。