ご無沙汰です。
相変わらず、というか、ますます気分が低調で、ひょっとしたらこれは「うつ」だろうかと思う日々。
何もやる気がしない。出かける気もしない。おいしいものを食べたいとも思わない。もちろん、女性にも関心ない。
だめですね、これじゃ。
腰痛でいつも体の芯がじんわり痛いから、いろんなことがいやになってしまうのかも知れません。
創作も、アイデアが浮かぶ気配がないんですよね。
TOBEの今月の課題「星」なんて、いくらでも話が作れそうなのに……(泣)
もうしばらくぼんやりして、次の手を考えたいと思っています。う
ということで、久々にTOBE落選作を再upしてみます。
虫
*公募ガイドTOBE──課題「虫」
「丸いものがありますね」と、抑揚のない声で医者がつぶやいた。
サングラスをかけているので、目つきはわからない。角刈りの頭とほおの傷跡が、その筋の人かと思わせる。
「聞いているんですか」
むっとした口調で、しかし顔はシャウカステンのレントゲン写真に向けたまま、医者が言った。
「は、はい。それが痛みの原因なんですか」
「さあ、どうかな」
「何なんでしょ、それ」
「卵のようですね」
「卵?」とぼくは復唱した。
「のようだ、と言っただけだよ。実際に何であるかは切り開いてみないとわからない」
「手術するんですか」
「したければね」
「……したくはないです」
「じゃあ、しないよ」
「大丈夫なんですか」
「大丈夫かどうかは、それが何であるかによるな。でも手術はいやなんでしょ」
「必要なら我慢しますが」
「だからね」と、医者はドスの利いた低い声を出した。眉間に青筋が立っている。「必要かどうかは、切り開いてみなければわからんのだよ」
「しばらく考えさせてください」
かろうじてそう言うと、ぼくはあたふたと逃げ出した。
吐き気が止まらない。
バスに乗って、隣の市の病院を受診した。
「すごいすごい。なんだろ、これ」
女医さんがうれしそうに、並んだレントゲン写真に顔を寄せる。斜めを向いた白衣の胸元から、ちらりと谷間がのぞいている。
心臓の下あたり、あの卵があった場所に、端が丸くて細長いもの──まさに芋虫だ──が写っている。
「ここがポイントよ」と人さし指を四枚の写真に踊らせたのは、芋虫の足の部分だった。
「少しずつ形が違っているでしょ。動いているのよ」
「やっぱり手術ですか」
「あら、芋虫はきらいなの?」
「好きとかきらいとか言うことじゃなくて」
「きらいじゃないなら、飼っておけば」
「飼う?」絶句した。体の中で芋虫を飼うなんて。
「どう成長していくか楽しみだわ。一週間したら、また来てね」
女医さんは、キャバクラのお姉ちゃんのように、妖しく目尻を下げた。
吐き気は三日ほどしたら治まった。
サナギになって、動くのをやめたのかもしれない。……って、まさか本当に芋虫なのか。
部屋で布団にくるまって、一日じゅうモゾモゾしていると、自分自身が芋虫になっていくような気がする。カフカの小説みたいだな。あれはカブトムシだったっけ。なんで虫になったんだったか。遠い学生時代に読んだきりだから、内容を思い出せない。理由はなかった気がする。それがシュールで不条理なんだよな、たしか。
ぶつぶつ言っていたら、とつぜん鋭い痛みが胸の奥ではじけた。
体を抱え込んでうずくまり、はね上がり、転がり、壁に何度も激突した。
隣の人らしい大声。やがてドアが破られる音。そして救急車のサイレン……異常な状況に動転しながら、雲のなかに溶けこむように、妙に気分がふわふわしていた。
胸板の内側から、小さな炎が這い出ようとしているかのような感覚。
痛みなのか快感なのかわからない。自分という存在が迷子になったかのような、どこか哲学的な気分。
「さあ。君たちもよく見ておきなさい」
老人特有のかすれ声が、白い闇のなかで揺れている。どすの利いた低音と、女のキャラメル声がそれに交じるのだが、何と言っているのかわからない。あの二人、教授に仕えるヒラ医師たち、という役どころだろうか。きっと、あいつら、できているぞ。はやりの不倫だ。
と、どうでもいいことを考えている自分を、もう一人の自分が眺めている。ミラーボールのような、きれいな複眼のイメージ。
ずん、ときた。陣痛だろうか、これは。痛みのない、麻薬のような陣痛。
すべてが終わった翌朝。
初々しさを白衣に包んだ、そばかすだらけの若い看護師が、病室の窓を開けた。
どこにいたのか、黒と黄色の大きなアゲハ蝶が一羽、ふらふらと舞いあがり、窓を抜けて、紺碧の空へ飛び出していった。