学校で教えない話 2
 
                                                     ◇まゆつば国語教室11
 
あの『今昔物語集』に、こんな話が入っているのか( ̄□ ̄;)!!
と面白がっていただいたようなので、勢いに乗って(?)もひとつ探してみました。
学校で絶対に教えない話TAKE2('◇')ゞ
 
典薬頭(てんやくのかみ)という役職にある医者がいました。医者のトップです。
ある日、この医者の家に、きらびやかな飾りをつけた牛車(ぎっしゃ)が乗り入れてきました。
どなた?と聞いても、牛車のお付きの男は答えず、「しかるべき部屋に局(つぼね。ついたてやすだれで区切った小部屋)を作れ」と言うばかり。
局の用意が出来ると、牛車から一人の女房(にょうぼう。ここは、高貴な女性くらいの意味か)が扇で顔を隠しながら降り立ちます。
 
※以下、わずらわしいので、読みにくい漢字をかな書きにしたり、送り仮名を現代標準にしたり、少し加工します。
 
(かみ=てんやくのかみ)寄りて、「これはいかなる人の何ごと仰(おお)されむずるぞ(どなたが何をおっしゃろうとされるのか)。とく(早く)仰せられよ」と云へば、女房、「こち入り給へ。恥聞くまじ(他の人が私の恥を聞かないようにしたい)」と云へば、頭、簾(みす=すだれ)の内に入りぬ。
女房差し向かひたるを見れば、年三十ばかりなる女の、頭(かしら)付きより始まりて(髪の生えぐあいから始まって)、目、鼻、口、ここはわろしと見ゆる所なく端正なるが、髪ごく長し。
(こう。衣服にたきしめている)かうばしく、えならぬ(いいようもなく素晴らしい)衣ども(きぬ。衣服。「ども」は複数)を着たり。
 
局に入って、いざ御対面。
年の頃は三十歳くらい。当時としては大年増ですが、熟れきった、色香こぼれる美人さん。
「わろし」というのは、「悪い」ではなく、「まあまあ、並みだ」という意味です。「ここは並みだな、と思うところもない」というのだから完全無欠。
 
長い髪、高そうな衣。──まさに高貴な身分です。
お医者さん、「これは自分の進退に関わるような相手だろう」と緊張しつつ、妻を亡くして三年ほど経ち、そっちの欲望もウズウズ……。
女は「身の恥ながら、やはり命が惜しくて参りました。生かすも殺すも、あなたにお任せします」と涙また涙。
さて診察です。
 
頭、いみじく(ひどく。すごく)これを「哀れ」と思ひて、「いかなる事の候ふぞ」と問へば、女、袴(はかま)の股立(ももだち。袴の両脇の開きを縫い止めた部分)を引き開けて見れば、股の雪のやうに白きに、少し面(おもて。表面)腫れたり。
その腫れ、すこぶる心得ず見ゆれば(症状がはっきりと見えないので)、袴の腰を解かしめて(ひもを解かせて)、前の方を見れば、毛の中にて見えず。
 
あら。
いよいよ「学校で教えられない」場面です。
 
しかれば、頭(かみ。お医者さんです)、手をもってそこをさぐれば、あたりに糸近く腫れたる物あり。左右の手を以て掻きわけて見れば、もっぱらに慎しむべき物なり。□□(判読できない文字です)にこそ有りければ、ごくいとほしく(可哀想に)思ひて、「年来の医師、ただこの功に、無き手を取り出だすべきなり」と思ひて、その日より始めて、ただ人も寄せず、自ら襷上(たすきあげ)をして、夜昼つくろふ。
 
両手でそこの毛をかきわけて、よくよく見ると、あ、ひどい腫瘍が……。
医学を勉強してきたのは、この日のためだったんだ。よし、今こそ秘術を使うべき時だ。
お医者さん、発憤します。
 
で、一週間ほどで直ります。良かった('◇')ゞ
で、お医者さん、相手の素性がわかってから帰そう。しばらくはこのまま……と、欲望の方もムズムズしてきます。
 
女は、感謝の言葉を述べ、「牛車を手配してくださいな。その時に素性を明かしますわ。ここにもこれから常に伺います」と、しなだれかからんばかり。
 
さて、その夜。
お医者さんはいよいよ、女の部屋に忍び入ります。
 
しかる程に暮れぬれば(そうするうちに日が暮れたので)、「まず火ともさん」と思ひて、火を燈台に居て持ち行きて見るに、衣どもを脱ぎ散らしたり。櫛の筥(はこ)も有り。「久しく隠れて屏風の後ろに何わざするにか有らむ(屏風の後ろで何をしているのだろう。下着の身づくろいとか?)」と思ひて、「かく久しくは何わざせさせ給ふ(こんなに長いこと何をなさっているのですか)」と云ひて、屏風の後ろを見しに、何しにかは有らむ(どうしたのだろう)、女の童(めのわらわ。雑用をするお付きの少女)も見えず、衣ども着重さねたりしも、袴もさながら(すべてそのまま)有り。ただ、宿直物(とのいもの。寝間着)にて着たりし薄綿の衣一つばかりなむ無き。「なきにやあらむ(ないじゃないか)。この人はそれを着て逃げにけるなめり(逃げたのだろう)」と思ふに、頭(かみ)、胸ふたがりて(ふさがって)、せむかたもなくおぼゆ(どうしようもなく思われる)
 
きれいな衣類は脱ぎ散らかして、すべてそのまま。
くしを入れた高価な箱もそのまま。
屏風のかげで何かしているのだろう、と思ってしばらく待つけれど、女は出てこない。
…………???
のぞくと、お付きの少女もいない。寝間着にしている薄い衣がひとつだけない。

あっ!
寝間着のまま逃げ出したんだ( ̄□ ̄;)!! と愕然。
門にすぐ鍵をかけ(まだ屋敷内にいるかも)、家中さがしたけれど、女は見つからない。完全脱出したあとだったんですね。

お医者さん、女の面影を思い浮かべて後悔しきり。
 
「忌まずして、本意(ほい。本来の望み)をこそ遂ぐべかりけれ。何しにいとひて忌みつらむ(どうして避けてしまったのだろう)」と、悔しく妬(ねた)くて、さるは(妻が)なくて、はばかるべき人もなきに、人の妻などにて有らば、妻にせずと云ふとも、時々も物云はむに、いみじき者儲(もう)けつと思ひつるものを」と、つくづくと思ひ居たるに、かく謀(たばか)られて逃しつれば、手を打ちて妬がり足摺りをして(地団駄を踏んで)、いみじげなる顔に貝を作りて(口を貝のように曲げて)泣きければ、弟子の医師どもは、ひそかにいみじくなむ笑ひける。
 
腫瘍を忌み嫌わずに本意を遂げておけば良かった。
口語訳すると、「できものを気にせず、やっちゃえばよかった」。
おれは妻がないから妻にしてもいいし、もし人妻だったら、ときどき会ってヤロうと思ったのにぃ……。

下心ぎらぎらですね。
あんまりひどい顔で泣くものだから、弟子の医者たちはひそかに笑います。
最後の編者のコメントは、この女について。
 
思ふに、いみじく賢こかりける女かな。遂(つい)に誰とも知られで(知られずに)やみにけり(終わった)となむ語り伝へたるとや。
 
牛車の手配をしてね❤ これからも来ますわ❤
と安心させて、とんずらしたんですね。
当時の貴族女性としてはありえない、寝間着のままで。
 
たぶん、女の童(めのわらわ)が他の従者たちと連絡を取り、こっそり牛車を外に用意して、その中へ女主人を導いて衣服を着させたんでしょう。
女としては、「あそこにできもの」という噂が立ったら、絶対に困る。
素性を知られるわけにはいかない。
ひやひやだったでしょうね。
おみごとでした。(*´◒`*)