リハリビ
長らく放置したので何をどう書けばいいかわからない。
これが小学校の作文の授業なら「何でも思うままに書けばいいのよ」と優しい先生(メガネ、ひっつめ、パフスリーブ)が囁いてくれなくもないのだろうが、悲しいかな大人というものは先生なしで日記を書かねばならない定め。
リハビリ程度に毎日食べたものでも書こう(読書日記じゃなかったの?)と考えて、自分が頭の中で「リハリビ」と発語していることに気づいた。
まずい。母親の言い間違いをあげつらって笑っているうちに本気で間違うようになってしまった。ミイラ取りがミイラになるというやつだろうか。ちょっと違うか。
この手のネタに食いつきのいい友人とは会話の中に「リクラゼーション」とか「バゲーン」とかいう「誤植」をわざと差し込んで内輪受けしているのだが、これも通りすがりの人が聞いたら「日本語力の低下もここまで来たか…」となるのだろうか。(どっちも日本語ではないけど)
同じく内輪で問題になっているのが「動詞としての『サンド』」。
よくお菓子のパッケージの裏なんかに「さくっと軽いクッキーでまろやかなチョコクリームをサンドしました」と印刷されているけど、その「サンド」は動詞か否か。
おそらく「サンドウィッチ状にする」ということなんでしょうが、そもそもの「サンドウィッチ」は固有名詞(サンドウィッチ伯爵)という話だからなんか妙だ。でも社名の動詞化(xeroxとか)もあることだし、普通のことなんだろうなー。
…で、先週末は久々に焼肉食べました。何かで何かをサンドしたお菓子も食べた。
(あれ、amazon webサービス使えなくなってる?)
これが小学校の作文の授業なら「何でも思うままに書けばいいのよ」と優しい先生(メガネ、ひっつめ、パフスリーブ)が囁いてくれなくもないのだろうが、悲しいかな大人というものは先生なしで日記を書かねばならない定め。
リハビリ程度に毎日食べたものでも書こう(読書日記じゃなかったの?)と考えて、自分が頭の中で「リハリビ」と発語していることに気づいた。
まずい。母親の言い間違いをあげつらって笑っているうちに本気で間違うようになってしまった。ミイラ取りがミイラになるというやつだろうか。ちょっと違うか。
この手のネタに食いつきのいい友人とは会話の中に「リクラゼーション」とか「バゲーン」とかいう「誤植」をわざと差し込んで内輪受けしているのだが、これも通りすがりの人が聞いたら「日本語力の低下もここまで来たか…」となるのだろうか。(どっちも日本語ではないけど)
同じく内輪で問題になっているのが「動詞としての『サンド』」。
よくお菓子のパッケージの裏なんかに「さくっと軽いクッキーでまろやかなチョコクリームをサンドしました」と印刷されているけど、その「サンド」は動詞か否か。
おそらく「サンドウィッチ状にする」ということなんでしょうが、そもそもの「サンドウィッチ」は固有名詞(サンドウィッチ伯爵)という話だからなんか妙だ。でも社名の動詞化(xeroxとか)もあることだし、普通のことなんだろうなー。
…で、先週末は久々に焼肉食べました。何かで何かをサンドしたお菓子も食べた。
(あれ、amazon webサービス使えなくなってる?)
破綻する日々
前回のあれはなんだ。最初からめちゃくちゃだが、「それともこれは『ら抜き言葉』で」あたりからはもう、何がなんだかわからない。
だいたい仕事から帰って一杯やってから書くからああいうことになるのだ。今日もですが。
帰りにコンビニでヘアバンドを買った。寝そべってブログを書くのに前髪が垂れて鬱陶しいから。すごいやる気。意地でも寝そべる気だ。
買ったのは無印良品の「ヘアターバン・太」で、「ヘアターバン・細」というのもあった。さすがは良品計画、至れり尽くせり。(今はもうセゾングループとは関係ないのかな?)
なんでも大は小を兼ねると思っている私なんかは「太」を買ってしまうのだが、仕入れ担当者は「貧乏性」という心理的要因まで考慮して「細」と「太」の発注数を変えたりしてるんだろうか。余計なお世話ですね。
無印良品がコンビニで展開しだしてから随分お世話になっている。名刺入れとかアルバムとかちっちゃいコームとか、ちょっとコンビニでは売ってなかったものがあって、別に買わなくてもいいものまで買ってしまう(生成り色の付箋とか)。ちなみに私の中では「消しゴム・小」がヒットでした。
コンドームまで揃えているのもさすがだ。さすがではあるが、「コンドーム・太」「コンドーム・細」とかはない。そこまで期待してはいけない。
一応、読んだ本。多分3回目くらい。

著者: 内田 百けん
タイトル: 冥途―内田百けん集成〈3〉 ちくま文庫
だいたい仕事から帰って一杯やってから書くからああいうことになるのだ。今日もですが。
帰りにコンビニでヘアバンドを買った。寝そべってブログを書くのに前髪が垂れて鬱陶しいから。すごいやる気。意地でも寝そべる気だ。
買ったのは無印良品の「ヘアターバン・太」で、「ヘアターバン・細」というのもあった。さすがは良品計画、至れり尽くせり。(今はもうセゾングループとは関係ないのかな?)
なんでも大は小を兼ねると思っている私なんかは「太」を買ってしまうのだが、仕入れ担当者は「貧乏性」という心理的要因まで考慮して「細」と「太」の発注数を変えたりしてるんだろうか。余計なお世話ですね。
無印良品がコンビニで展開しだしてから随分お世話になっている。名刺入れとかアルバムとかちっちゃいコームとか、ちょっとコンビニでは売ってなかったものがあって、別に買わなくてもいいものまで買ってしまう(生成り色の付箋とか)。ちなみに私の中では「消しゴム・小」がヒットでした。
コンドームまで揃えているのもさすがだ。さすがではあるが、「コンドーム・太」「コンドーム・細」とかはない。そこまで期待してはいけない。
一応、読んだ本。多分3回目くらい。

著者: 内田 百けん
タイトル: 冥途―内田百けん集成〈3〉 ちくま文庫
ちぎれるメロンパン
変な時間に寝たもんだから、変な時間に目が覚めた。
お腹がすいたので牛乳を温めて買っておいた「ちぎれるメロンパン」を食べた。正方形で十字に切れ目が入っているメロンパンだ。
食べ終えて再度布団に入ってから気になってきた。
「ちぎれる」=ちぎることができる(可能)…ではこれまでのメロンパンはちぎることができなかったのか?そんなことはない。現に私は一昨日も円形のメロンパン(その店での商品名は「サンライズ」)をちぎって食べた。ちぎるかちぎらないかは消費者に一任されている。切れ目が入っていないからと言って「ちぎることができない」などと考えるのは製造元の思い上がりというものだ。
では「ちぎれる」=メロンパンが自らちぎれる(自発)か?…置いておくといつの間にかちぎれているメロンパン。そんなメロンパンは嫌だ!食べやすいけど。
それともこれは「ら抜き」言葉で本来は「ちぎられる」なのだろうか。なら受身という可能性も。たしかにメロンパンの立場からすればちぎられるのだがそんなことを言ったらたいていのパンはちぎられるんだからメロンパンだけが被害者ぶるのはいかがなものか。
いずれにしろ国語学の知識がないものだからいかにもツメが甘い。こんなことならもっと真面目に学校の授業を受けておくんだった。
この春新たな世界に踏み出す学生の皆さんは、私のようにメロンパンのことで思い悩んで眠れぬ夜を過ごすことのないよう、勉学に精を出してほしいと思う。
お腹がすいたので牛乳を温めて買っておいた「ちぎれるメロンパン」を食べた。正方形で十字に切れ目が入っているメロンパンだ。
食べ終えて再度布団に入ってから気になってきた。
「ちぎれる」=ちぎることができる(可能)…ではこれまでのメロンパンはちぎることができなかったのか?そんなことはない。現に私は一昨日も円形のメロンパン(その店での商品名は「サンライズ」)をちぎって食べた。ちぎるかちぎらないかは消費者に一任されている。切れ目が入っていないからと言って「ちぎることができない」などと考えるのは製造元の思い上がりというものだ。
では「ちぎれる」=メロンパンが自らちぎれる(自発)か?…置いておくといつの間にかちぎれているメロンパン。そんなメロンパンは嫌だ!食べやすいけど。
それともこれは「ら抜き」言葉で本来は「ちぎられる」なのだろうか。なら受身という可能性も。たしかにメロンパンの立場からすればちぎられるのだがそんなことを言ったらたいていのパンはちぎられるんだからメロンパンだけが被害者ぶるのはいかがなものか。
いずれにしろ国語学の知識がないものだからいかにもツメが甘い。こんなことならもっと真面目に学校の授業を受けておくんだった。
この春新たな世界に踏み出す学生の皆さんは、私のようにメロンパンのことで思い悩んで眠れぬ夜を過ごすことのないよう、勉学に精を出してほしいと思う。
甲州の中心で愛を叫ぶ
久々に本の記録。

著者: 中沢 新一
タイトル: 僕の叔父さん網野善彦
網野善彦が亡くなった時も「ええっ」と思った(ずーっと50代半ば位と思っていた。んなわけない)けど、中沢新一が彼の甥だと知った時も「ええっ」と思った。同時に「ありえる」という感じもした。「ありえる」じゃなくて事実なんだけど。
網野氏は中沢氏の父の妹の夫で、同じ山梨出身(これも初めて知った)。
この本は当初網野氏への追悼文として書かれた。それがついつい長くなって新書になってしまった。そういう出自からもわかるように、あれもこれもと思い出すエピソードを溢れる思いと共にぶちまけたような、一応時系列にそってはいるが割合乱雑な構成になっている。
あまり過大な期待をもって読むと「なんだ、身内自慢じゃん」で終わってしまいそうだが、そのとおり、網野喜彦という偉大な歴史家を親戚に持ったこと、年齢の差を越えて対等な立場で語り合えたこと、またそういう気風を涵養する中沢家のことを語る口調は学術的な著述からはほど遠い。
なにがなんでも網野氏の思想と自分の思想を強引に引き寄せようとする姿勢も、人によってはうんざりだろう。必死すぎていじらしいけどね。
それでもこういう熱っぽい交流が実際にあり、中沢家という少々変わった一家が実在したことを知るのは、まあ面白かった。著者の過剰な思い入れによって脚色されていないとは言い切れないけれど。
終章にあるように、「私は本当に網野さんが好きだったのだ。ほかの誰よりも好きだった」と言える著者は本当に幸運だと思う。叔父さんと熱い議論を交わした頃が彼にとっての青春だったのかもしれない。
最後の一文には不覚にもちょっとぐっと来てしまった。
まあ、そういうセンチメンタルな気分が横溢した本ではあります。追悼本だから仕方がないね。

著者: 中沢 新一
タイトル: 僕の叔父さん網野善彦
網野善彦が亡くなった時も「ええっ」と思った(ずーっと50代半ば位と思っていた。んなわけない)けど、中沢新一が彼の甥だと知った時も「ええっ」と思った。同時に「ありえる」という感じもした。「ありえる」じゃなくて事実なんだけど。
網野氏は中沢氏の父の妹の夫で、同じ山梨出身(これも初めて知った)。
この本は当初網野氏への追悼文として書かれた。それがついつい長くなって新書になってしまった。そういう出自からもわかるように、あれもこれもと思い出すエピソードを溢れる思いと共にぶちまけたような、一応時系列にそってはいるが割合乱雑な構成になっている。
あまり過大な期待をもって読むと「なんだ、身内自慢じゃん」で終わってしまいそうだが、そのとおり、網野喜彦という偉大な歴史家を親戚に持ったこと、年齢の差を越えて対等な立場で語り合えたこと、またそういう気風を涵養する中沢家のことを語る口調は学術的な著述からはほど遠い。
なにがなんでも網野氏の思想と自分の思想を強引に引き寄せようとする姿勢も、人によってはうんざりだろう。必死すぎていじらしいけどね。
それでもこういう熱っぽい交流が実際にあり、中沢家という少々変わった一家が実在したことを知るのは、まあ面白かった。著者の過剰な思い入れによって脚色されていないとは言い切れないけれど。
終章にあるように、「私は本当に網野さんが好きだったのだ。ほかの誰よりも好きだった」と言える著者は本当に幸運だと思う。叔父さんと熱い議論を交わした頃が彼にとっての青春だったのかもしれない。
最後の一文には不覚にもちょっとぐっと来てしまった。
まあ、そういうセンチメンタルな気分が横溢した本ではあります。追悼本だから仕方がないね。
京都嫌いの京都生活
風邪が治ったのはいいけれど、胃腸の具合がいまいち。
なにしろ毎日食欲がわかない。昼も夜も、何を食べるか決めるのに一苦労。
このまま食が細くなるんだろうか…。
唐突だが職場にいる時間が長い。「仕事好きだね~」とからかわれたりもする。
仕事が好きなんじゃなくて、家にいるのが嫌いなのだ。
なぜなら部屋が汚い。しかも先週は風邪を理由にまったく整理も掃除もしていないものだから、私の部屋に初めて訪れる人がいたならば「この人は綺麗好きじゃないんだな」を通り越して「この人は汚いのが好きなんだな」に突入しているはずだ。
私は決して「汚いの好き」ではないので、そんな部屋に帰るのが嫌さに残業してしまう。当然サービス残業。
いろんなブログを見て回って、世の人たちがいかに「きれいな暮らし」を実践しているかを知った。そういう人たちの何人かは「京都好き」だった。
「京都好き」は暮らしのスタイリスト。そんな気がする。
京都嫌いの私が汚い暮らししかできないのは、理屈としては合っている。
しかし私は学生時代からもう十年以上も京都でウロウロしているのだった。
京都人がいかに京都好きか、京都の本屋に行けばわかる。
入り口すぐの平台や壁面は京都本がビッシリ。もちろん、京都には年がら年中観光客がいるので、そういう「いちげんさん」向けというのもあるだろう。しかし毎週のように刊行される京都本の購読者には、かなりの割合で京都人が含まれているに違いない、と私は思う。
京都人は京都好きである。
私は大阪人なのだが、京都人に「京都の人って大阪のことバカにしてるよね」と言って「そんなことないよ」と返されたことがない。たいてい曖昧な微笑でごまかされるか、ごくナチュラルに「そぉやねえ」と言われる。
それは大阪人ではなくておまえが馬鹿にされているだけだ、と思われた方は鋭い。まったくもってそのとおり。
私が京都を嫌いな理由は大阪人のプライド以外にも色々あるのだが、それはそれとして十年もウロウロしていればイヤでも京都に詳しくなる。
東京から知人が来ようものなら、「○○?あそこ高いだけでぜんぜんおいしないで。△△って知ってる?まだガイドブックとかは載ってへんけど…」と知ったような顔をして京都案内をする。
嫌いな男のお尻にホクロがあるのを知っている、そんな感じ。
なにしろ毎日食欲がわかない。昼も夜も、何を食べるか決めるのに一苦労。
このまま食が細くなるんだろうか…。
唐突だが職場にいる時間が長い。「仕事好きだね~」とからかわれたりもする。
仕事が好きなんじゃなくて、家にいるのが嫌いなのだ。
なぜなら部屋が汚い。しかも先週は風邪を理由にまったく整理も掃除もしていないものだから、私の部屋に初めて訪れる人がいたならば「この人は綺麗好きじゃないんだな」を通り越して「この人は汚いのが好きなんだな」に突入しているはずだ。
私は決して「汚いの好き」ではないので、そんな部屋に帰るのが嫌さに残業してしまう。当然サービス残業。
いろんなブログを見て回って、世の人たちがいかに「きれいな暮らし」を実践しているかを知った。そういう人たちの何人かは「京都好き」だった。
「京都好き」は暮らしのスタイリスト。そんな気がする。
京都嫌いの私が汚い暮らししかできないのは、理屈としては合っている。
しかし私は学生時代からもう十年以上も京都でウロウロしているのだった。
京都人がいかに京都好きか、京都の本屋に行けばわかる。
入り口すぐの平台や壁面は京都本がビッシリ。もちろん、京都には年がら年中観光客がいるので、そういう「いちげんさん」向けというのもあるだろう。しかし毎週のように刊行される京都本の購読者には、かなりの割合で京都人が含まれているに違いない、と私は思う。
京都人は京都好きである。
私は大阪人なのだが、京都人に「京都の人って大阪のことバカにしてるよね」と言って「そんなことないよ」と返されたことがない。たいてい曖昧な微笑でごまかされるか、ごくナチュラルに「そぉやねえ」と言われる。
それは大阪人ではなくておまえが馬鹿にされているだけだ、と思われた方は鋭い。まったくもってそのとおり。
私が京都を嫌いな理由は大阪人のプライド以外にも色々あるのだが、それはそれとして十年もウロウロしていればイヤでも京都に詳しくなる。
東京から知人が来ようものなら、「○○?あそこ高いだけでぜんぜんおいしないで。△△って知ってる?まだガイドブックとかは載ってへんけど…」と知ったような顔をして京都案内をする。
嫌いな男のお尻にホクロがあるのを知っている、そんな感じ。
読んでもいない本の話題に乗ってみる。
ちまたで話題の「オニババ化する女たち」。
ちまたで話題ということは、私が読まない確率60%以上ということだ。
なにしろ私はゴンブローヴィチに忙しくて(略)。
そんな、私が一生読まない確率70%(上がってる)のオニババ本ではあるが、Amazonのレビューがちょっとした掲示板状態になっていて面白い。もうこれを読んだだけで本編を読んだような気になってしまうほどだ。
ぜひ一読を勧める。いや、本じゃなくて、レビューの方を。
読まない理由はいろいろあるが、タイトルに「たち」とつく時点でもうちょっと、「ああ、わかった。後にして」という気分になる。
そんな私は関西弁でいうところの「ヘンコ」である。
ヘンコな私は、書き言葉においてやたらとくだけた文体を使うガッコーのセンセイというものを、あまり信用していない。生徒にタメ口をきかせて平気なセンセイも信用していない。これは関係ないか。
真面目な話、「オニババ」の著者の言いたいことはだいたいわかる(読んでないけど←いいかげん読めよ)。だいたいわかるから、もういい。それだけのことである。
それよりも、砂の短編集「サイバーポルノ」末尾に収録された作品「尻の道」の、最後のページが気になって仕方がない。
お前の尻からお前のカラダ以外が生え出ることはない。
すべてが許されている女よ、
さあ、酒を飲み、タバコを吸うがいい!

著者: 砂
タイトル: サイバーポルノ
ちなみに「サイバーポルノ」は成人指定であります。
ちまたで話題ということは、私が読まない確率60%以上ということだ。
なにしろ私はゴンブローヴィチに忙しくて(略)。
そんな、私が一生読まない確率70%(上がってる)のオニババ本ではあるが、Amazonのレビューがちょっとした掲示板状態になっていて面白い。もうこれを読んだだけで本編を読んだような気になってしまうほどだ。
ぜひ一読を勧める。いや、本じゃなくて、レビューの方を。
読まない理由はいろいろあるが、タイトルに「たち」とつく時点でもうちょっと、「ああ、わかった。後にして」という気分になる。
そんな私は関西弁でいうところの「ヘンコ」である。
ヘンコな私は、書き言葉においてやたらとくだけた文体を使うガッコーのセンセイというものを、あまり信用していない。生徒にタメ口をきかせて平気なセンセイも信用していない。これは関係ないか。
真面目な話、「オニババ」の著者の言いたいことはだいたいわかる(読んでないけど←いいかげん読めよ)。だいたいわかるから、もういい。それだけのことである。
それよりも、砂の短編集「サイバーポルノ」末尾に収録された作品「尻の道」の、最後のページが気になって仕方がない。
お前の尻からお前のカラダ以外が生え出ることはない。
すべてが許されている女よ、
さあ、酒を飲み、タバコを吸うがいい!
著者: 砂
タイトル: サイバーポルノ
ちなみに「サイバーポルノ」は成人指定であります。
体温計のバカ。
熱があるなあ、と自覚しながら出社し続けて三日目、なんとなく熱を測ってみた。
38.7度。
…知りたくなかった。
これまで生きてきて38度以上の熱が出たことがほとんどないので、どうしたらいいのかわからない。
どうしたらって、薬飲んで寝ればいいんだけど。オカンに言われるまでもないんだけど。
でも明日も仕事だ。仕事なんです。

タイトル: 生きる
いや、深い意味はないんだけど。
アホみたいに栄養ドリンク・ゼリー類を飲み食いしているので、さぞや病後の肥立ちが良いことでしょう。
そんなわけでお返事滞ってます。すみません。
38.7度。
…知りたくなかった。
これまで生きてきて38度以上の熱が出たことがほとんどないので、どうしたらいいのかわからない。
どうしたらって、薬飲んで寝ればいいんだけど。オカンに言われるまでもないんだけど。
でも明日も仕事だ。仕事なんです。

タイトル: 生きる
いや、深い意味はないんだけど。
アホみたいに栄養ドリンク・ゼリー類を飲み食いしているので、さぞや病後の肥立ちが良いことでしょう。
そんなわけでお返事滞ってます。すみません。
ゴンブローヴィッチに忙しくて舞城を読んでる暇なんかない。
久しぶりに行く書店で、ヴィトルド・ゴンブローヴィッチの新刊(本人は死んでるが)を発見。新刊といっても昨年秋に出たらしい。
私がこの書店を好きなのは、ひとえに「ゴンブローヴィッチを常時平積みにしている」からなのだが、そう考えるとかなり長い期間この書店に足を運んでいないことになる。(他の書店へは行っていたが、ゴンブローヴィッチを平積みにするのはここ位なものだから、気づかなかったのだろう。)

著者: ヴィトルド ゴンブローヴィッチ, Witold Gombrowicz, 西 成彦
タイトル: トランス=アトランティック
思わず画像も大きくなるってもんだ。
ちなみに帯は中原昌也。これ以上ない人選だ。とっくの昔に死んだポーランドの作家の、50年以上も前の作品の帯に「壮絶な面白さ!」とやるのも素晴らしい。
昔、別のところでやっていた読書感想日記に「バカカイ」(馬鹿会、と変換された。いいね、これ)のことを書いたことがある。その時に中原昌也に通じるものがあるなあと思っていたので、この帯はうれしい。
そして、あの書店(のスタッフの誰か)がゴンブローヴィッチをプッシュし続けているのもうれしい。誰も止めないのか。止めても聞かないのか。
平凡社ライブラリーから「フェルディドゥルケ」が再刊なったようだし、ブームは来ているような気がするけど、もっともっと大ブームになってほしいなあ。無理かなあ。

著者: W.ゴンブローヴィッチ, 米川 和夫
タイトル: フェルディドゥルケ
こんなにはしゃいで購入したくせに、まだ1ページも読んでいない。読むのがもったいない気がしてなんとなく眺めてニヤニヤしている。なにしろ相手(作家)は死んでいるので、資源は有限であるからして、じわじわ舐めるように…と言っても読み出したら止まらないんだろうけど。
私がこの書店を好きなのは、ひとえに「ゴンブローヴィッチを常時平積みにしている」からなのだが、そう考えるとかなり長い期間この書店に足を運んでいないことになる。(他の書店へは行っていたが、ゴンブローヴィッチを平積みにするのはここ位なものだから、気づかなかったのだろう。)

著者: ヴィトルド ゴンブローヴィッチ, Witold Gombrowicz, 西 成彦
タイトル: トランス=アトランティック
思わず画像も大きくなるってもんだ。
ちなみに帯は中原昌也。これ以上ない人選だ。とっくの昔に死んだポーランドの作家の、50年以上も前の作品の帯に「壮絶な面白さ!」とやるのも素晴らしい。
昔、別のところでやっていた読書感想日記に「バカカイ」(馬鹿会、と変換された。いいね、これ)のことを書いたことがある。その時に中原昌也に通じるものがあるなあと思っていたので、この帯はうれしい。
そして、あの書店(のスタッフの誰か)がゴンブローヴィッチをプッシュし続けているのもうれしい。誰も止めないのか。止めても聞かないのか。
平凡社ライブラリーから「フェルディドゥルケ」が再刊なったようだし、ブームは来ているような気がするけど、もっともっと大ブームになってほしいなあ。無理かなあ。
著者: W.ゴンブローヴィッチ, 米川 和夫
タイトル: フェルディドゥルケ
こんなにはしゃいで購入したくせに、まだ1ページも読んでいない。読むのがもったいない気がしてなんとなく眺めてニヤニヤしている。なにしろ相手(作家)は死んでいるので、資源は有限であるからして、じわじわ舐めるように…と言っても読み出したら止まらないんだろうけど。
サマーリバー
明治二十八年の暮れ近くから、樋口一葉の周辺はにわかにあわただしくなった。…
今日もこれ。

著者: 関川 夏央
タイトル: 二葉亭四迷の明治四十一年
文士たちの青春群像、という感じになってきてますます面白い。特に「名うての貧乏人なのに暢気な暮らしぶりで知られた」という中村花痩に興味津々。名うての貧乏人って、ちょっとすごい。なってみたいような、みたくないような…。なにしろ尾崎紅葉が「金色夜叉」を書いた時に高利貸しの知識を貸したというからすごい。貧乏のオーソリチーだ。
でも基本的には二葉亭の「いたずらに煩悶に煩悶を重ね、多くを試みて結局そのどれにも満足することがなかった」(p.14)人生が中心で、読むほどに「浮雲」の作家が他人とは思えなくなってくる。煩悶を重ねはしたが二葉亭には(本書を読む限りは)誠実さがある。誠実さゆえに苦しんでいるようにも思える。顧みて自分の人生は…となると、暗澹たる気分。
…逍遥もそれを承知で「彼れの下心をほぼ察し」「其娘との結婚を二葉亭に勧めて見たことがあった」と書き残しているのである。
それにしても夏川結衣。乳がんもののドラマで主役を張っているが、この時間帯のテレビドラマで主役というのは、彼女のポジションからすれば快挙なのではないだろうか。
眉間に皺を寄せて身勝手なことを言う姿が絵になる。彼女と寺島しのぶは四十代が楽しみだ。
今日もこれ。
著者: 関川 夏央
タイトル: 二葉亭四迷の明治四十一年
文士たちの青春群像、という感じになってきてますます面白い。特に「名うての貧乏人なのに暢気な暮らしぶりで知られた」という中村花痩に興味津々。名うての貧乏人って、ちょっとすごい。なってみたいような、みたくないような…。なにしろ尾崎紅葉が「金色夜叉」を書いた時に高利貸しの知識を貸したというからすごい。貧乏のオーソリチーだ。
でも基本的には二葉亭の「いたずらに煩悶に煩悶を重ね、多くを試みて結局そのどれにも満足することがなかった」(p.14)人生が中心で、読むほどに「浮雲」の作家が他人とは思えなくなってくる。煩悶を重ねはしたが二葉亭には(本書を読む限りは)誠実さがある。誠実さゆえに苦しんでいるようにも思える。顧みて自分の人生は…となると、暗澹たる気分。
…逍遥もそれを承知で「彼れの下心をほぼ察し」「其娘との結婚を二葉亭に勧めて見たことがあった」と書き残しているのである。
それにしても夏川結衣。乳がんもののドラマで主役を張っているが、この時間帯のテレビドラマで主役というのは、彼女のポジションからすれば快挙なのではないだろうか。
眉間に皺を寄せて身勝手なことを言う姿が絵になる。彼女と寺島しのぶは四十代が楽しみだ。
Grand Osaka
胃が治ったと思ったら歯が痛い。勘弁しろよ。して下さい。
歯が痛いので読書どころではない。 コンビニでミーツ・リージョナル※1を買う。
特集は「オフィス街の冒険。」
マルって。マルって。と二度ほど突っ込むものの、オフィス街好きなので買う。
全体的にこの雑誌らしい視点でこの雑誌らしい場所を紹介している。こういう「らしさ」に照れない雑誌があるっていうのは良いことだ、などと思う。
特集1ページ目に「大大阪時代再発見」とある。
最近あちこちで耳にし目にする「大大阪」※2。聞けば80周年らしい。
大阪人もようやくタイガースと漫才以外のナショナリズムに目覚めたか。関市長※3の陰謀かもしれない。
※1 関西限定「タウン誌」、というと嫌がりそうな雑誌。大変スカしている。
※2 1925年、第七代市長・関一によってなされた大阪市大改造(あるいは当時の大阪)。御堂筋を拡張、飛行場でも作る気かと揶揄される。
※3 関一の孫。現大阪市長。
ふと思ったのだけど、Grand Osakaだったらリエゾンするのかな?グランドーサカ?
歯が痛いので読書どころではない。 コンビニでミーツ・リージョナル※1を買う。
特集は「オフィス街の冒険。」
マルって。マルって。と二度ほど突っ込むものの、オフィス街好きなので買う。
全体的にこの雑誌らしい視点でこの雑誌らしい場所を紹介している。こういう「らしさ」に照れない雑誌があるっていうのは良いことだ、などと思う。
特集1ページ目に「大大阪時代再発見」とある。
最近あちこちで耳にし目にする「大大阪」※2。聞けば80周年らしい。
大阪人もようやくタイガースと漫才以外のナショナリズムに目覚めたか。関市長※3の陰謀かもしれない。
※1 関西限定「タウン誌」、というと嫌がりそうな雑誌。大変スカしている。
※2 1925年、第七代市長・関一によってなされた大阪市大改造(あるいは当時の大阪)。御堂筋を拡張、飛行場でも作る気かと揶揄される。
※3 関一の孫。現大阪市長。
ふと思ったのだけど、Grand Osakaだったらリエゾンするのかな?グランドーサカ?