信じられないかもしれませんが、あなたのデフォルトは幸せであり、快です。

 

あなたは本来、幸せしか感じられません。

 

嘘でしょ?と思われるかもしれません。

 

じゃあこの凝り固まった状況はなんなの、こんな状態で幸せなはずがない。

 

将来に必要なお金だって全然ないし、自分の好きなこともできていない。

 

はい、それでも幸せです。

 

 

あなたが何か成し遂げたり、欲しかった何かを得たりしたとしましょう。

 

例えば宝くじで10億円当たっちゃった、とか。

 

その瞬間、確かにあなたは幸せを感じられるでしょう。

 

でもそれは10億円があるから幸せ、ではないのです。

 

ただ単にデフォルトの状態に戻っただけです。

 

不安から解放された気分を味わい、余計な思考が消え、霧がかっていた本来の自分が見えただけです。

 

しかし、10億円という対象に幸せの気分を依存している限り、時間が経てばその幸せも消えるでしょう。

 

お金は増えたり減ったりします。一定ではありません。

 

今度はお金を失う恐怖が、再び霧となってあなたを覆い隠します。

 

 

私たちと現実・外側の世界にあるリワードの関係は、

 

薬物中毒者と薬物の関係に似ています。

 

それが得られれば幸せになれると固く信じているのです。

 

 

 

社会は、私たちが本来幸せではない、という虚構の上に成り立っています。

 

幻想に幻想を重ね、何かを得れば幸せになれると私たちをせき立てます。

 

それが濃い霧となって、デフォルトの幸せを隠しています。

 

 

試しに、「ああ、幸せだ」と感じる時


例えばお風呂に入った瞬間や、美味しいものを食べた時、美しいものを見た時


そこに、その快の感情が生まれたまさにその瞬間に、思考の声があったか確かめてください。

 

ex.

お風呂に入る

→「あああーーー」(快を感じる)

→「あったかいな、幸せだなあ」(ここで思考が生まれる)

 

 

反対に、不快な感情が生まれた瞬間は明らかに、思考が引き金となっています。


そしてその思考はなかなか頭から離れません。

 

ex.

車の鍵を家に忘れたことに気づく

→「あれ!?」(ここでは気付きがあるだけ)

→「またやっちゃったよ。私ってどうしていつもこうなんだろう。ほんとに忘れっぽくて嫌になる。あーあ、取りに戻らないと。どこにおいたっけ?めんどくさいなあ」(自己否定・現状否定に入る)

 

 

霧を晴らしましょう。

 

思考なき時、何も判断しない時、私たちは幸せな存在です。

 

今度、快の感情を感じる出来事があったら、できるだけ長くそこに留まってみてください。

 

その感情とただただ一緒にいてください。

 

言葉で何も考えず、何も判断せず、ただその快とともにある時

 

あなたは本来のあなたに戻っています。