「黄金時代」「帰来(妻への家路)」「一個勺子」……昨年の金馬奨で話題になった中国作品はたくさんある。なかでも最優秀作品賞、最優秀撮影賞など6部門を制覇し、高く評価された「推拿」は絶対に見たいと思っていた作品である。
 中国の「茅盾文学賞」を受賞した作家•卒飛宇の小説「推拿」を映画化したもので、監督は現在日本でも公開中の「二重生活」を撮ったロウ•イエだ。

「推拿」とは中国語で「マッサージ」という意味。中国の南京にある“沙宗琪推拿中心(沙宗琪マッサージセンター)”で働く盲人たちの日常を描く。
 恋愛話、家族の話、人生の話……。日常のたわいない話しの中に、盲人ゆえの悩みや苦労がこれでもかと詰まっている。
「美とは一体全体どういうものなのか」
「一目でいいから見てみたい」
「泣きたいと思う気持ちは誰でも同じ」
 このような問いかけをされたら、どう答えればいいのだろうか。言葉に詰まり、なにも答えられないだろう。
 
 「目がある世界は主流社会」『健常者との間には「盲人だから」ということで、健常者が考える以上の隔たりが歴然と存在している』ーたしかこんな台詞を語る人がいた。
 目が見える者として、見えなくてはいけないものをたくさん見落としてきたことに深く気づかされ、考えた。
 
 先天性の盲人に中途からの盲人、そして近い将来視力を失うとされている者に扮した役者がマッサージ師として登場するが、本当の盲人の役者もいる。
 映画製作においては、盲人の役者には点字の台本を用意し、撮影の度に約2時間かけ、セットを隅々を手探りで確認してもらい本番に臨んだという。
 盲人の恋愛感と性欲についても包み隠さずストレートに描いている。赤裸々なベッドシーンを演じた女優の張磊は本当の盲人で、今回の出演で金馬奨の新人賞を授賞している。ごまかしのない、本物から伝わる感情は、見ていて切なくなってきた。

 映画の冒頭は字幕がしばらくない時間が続く。ナレーションにより、映画タイトルが読み上げられ、出演者の名前や情景描写が行われる。盲人たちにも「楽しんで見てもらえるように」という監督の計らいだ。

 物語の終盤、沙宗琪推拿中心で働いていた人々の旅立ちとともに、堯十三の歌う〈他媽的〉が効果的に流れる。盲目の青年が目の見える女性と結婚し、別の場所で生活をし始め、髪を洗う彼女の姿を青年が見つめながら微笑むシーンでカットアウト。本当は全て見えていたのではないか……。そんな解釈もできそうな余韻が残るなか、エンドロールが流れてきた。
「生々しすぎる」という声もあるようだが、物語なのにノンフィクションの要素も色濃く持ち合わせているのが、この映画の深さではないだろうか。わたしはとても好きな作品だった。