好きな映画監督の一人にジャ•ジャンクーがいる。
最新作「罪の手ざわり(A Touch of Sin)」が5月31日から公開されるということで、ちょっとジャ•ジャンクーについて書いてみようと思った。

私が初めて見たジャ•ジャンクー映画は2006年に公開された「長江哀歌」だ。

内容がものすごく印象に残ったので、その後、JALの機内誌でおすすめめの映画といったような内容のエッセイを書く機会があり、以下のように紹介した。
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 中国•長江の中流域にある「三峡ダム」。中国語では「三峡大坝」。世界一大きな水力発電ダムである。孫文により構想され、1993年に着工。両岸で暮らす約400万人の住民が強制移転させられ、15年間をかけて完成した。
「期間限定」という言葉にどうも弱いところがあり、歯学部の大学生だった1994年の夏、水没前の風景をどうしても見たくなって三峡下りの旅に出かけた。
 三峡は重慶と武漢の間に位置し、三国志の舞台にもなり、李白や杜甫が好んで詩を詠んだ名勝中の名勝だ。人民元の10元札にも描かれている。
観光船に乗って景色を観る三峡下りだが、当時の中国では外国人と中国人は別料金だった。中国語を使って中国人になりすまし、格安の乗船券を購入した。と喜んだのもつかの間、重慶で乗った船は観光船ではなく、絶え間なく川岸の町々に立ち寄り、野菜や荷物を籠に詰め込んだ人々が乗り降りする普通の船だった。人や物でごちゃごちゃした船内の衛生状態は最悪で、死ぬ思いで9日間かけて武漢まで辿り着いた。
 ベネチア国際映画祭で最高賞を獲った中国映画「長江哀歌」は、忘れかけていた20年前のほろ苦い旅の記憶を、生々しい形で脳裏に甦らせてくれる、そんな映画だった。
映画の舞台は、三峡のほぼ真ん中にあたる町「奉節」。せまい土地にぎっしりとビルが詰まった街並みも当時のままの姿である。
 主人公は2人いる。1人は16年前に娘を連れて家出した妻子を探している男、ハン•サンミン。もう一人は2年前に奉節に出稼ぎで来たまま戻ってこない夫を探しに来た妻シェン•ホン。2つの物語は同じ時間軸にありながら、決して交わらない。ドキュメンタリーのように撮られた映像と、この二人の心の葛藤を通じて、中国社会が抱える不条理や矛盾がくっきりとした輪郭で観衆に伝わってくる。
「二千年の町が二年でなくなるんだぞ!」。映画の中のそんなセリフが心に響いた。ダム建設は必要なことだったと思うが、両岸で暮らす約400万人の住民が強制移転の対象となったように、その背後の犠牲の大きさは想像がつかない。
 画面には時折作品を貫くキーワードとして大写しになった漢字が現れる。「烟(タバコ)」「酒」「茶」「糖(アメ)」・・・。かつての中国で政府による配給でしか手に入らなかったものばかりだ。
 ランニング姿の中国人たちがところかまわず吸うタバコ、いつも大声で話ながら飲んでいるお酒やお茶、知らぬ人たちから無言で差し出されるアメ。
どれも、私が20年前のボロ船で知っているもの。ああ、懐かしい!
 ダムができて三峡は一体どんな風に変わったのだろうか。映画を見て、再び三峡下りに出かけたくなった。でも、今度はもう少しマシな船にしよう。
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チェン•カイコー映画監督に影響を受け、映画人としての道を歩み始めたジャ•ジャンクーだが、新作公開に合わせ、初期の作品を上映するという素敵なイベントがあったので、北京電影学院の卒業制作であり、デビュー作である「一瞬の夢」(1997年)とオリンピック直前の北京を描いた「世界」(2007年)を見て来た。
両方とも良かったが、特に「一瞬の夢」には驚かされた。
やはり才能がある人はもともと光るものが作れるのだろう。
まだ若いジャ•ジャンクーの目には中国社会の現実と問題点がはっきりと映っていて、それを物語として切り取る感性に深く感心し、作品から伝わる独特の説得力に納得してしまった。

久々の新作となった「罪の手ざわり(A Touch of Sin)」は飛行機内で見た。
ー やっぱりジャ•ジャンクーは凄い!
見終わったドキドキは今でも覚えている。
中国の場所も時間も違うところで実際に起きた4つの事件を元に、ジャ•ジャンクーが脚本を作った作品であり、テーマは「生と死」だと感じた。
●社会に不満を持った結果起きた事件
●お金を稼ぐために手をだしてしまった仕事
●身を守るためにしてしまった事
●自分に失望した結果おこしてしまった事
中国社会を生きる人たちでなくても、どこでも起きそうな事件。起こしてしまいそうな事件。巻き込まれてしまいそうな事件ばかりだ。
オムニバス形式でありながら、最後には繋がるという描き方で、より映画が見やすく、感動するものになっている。

デビュー作「一瞬の夢」に比べたら、綺麗な画像でよりエンターティメントとして見せる作品となっている。だけれども、中国の「今」をえぐり撮るジャ•ジャンクーの原点は変わっていない。そんなジャ•ジャンクー作品の最高傑作のように思えた。

「罪の手ざわり(A Touch of Sin)」