こんにちは😃
忙しく、かなり城ブログもスローになりました。
今回は春日山城②です。
やはり、春日山城は広いね。
遠征でこれだけ広いと訪問に軽く2時間取られた。
100名城、続100名城を目指す人は高田城、春日山城、鮫ヶ尾城の3城で1日いっぱいいっぱいになりますね。
さてさて写真で誤魔化すひっくんブログ、春日山城の後編スタートです。
春日山城①←前回はこちらを参照に🙇
【不識院跡】
復元されさ毘沙門堂の場所は不識院跡と呼ばれる場所であり
上杉謙信の「謙信」は、法号であり戒名を不識院殿真光謙信と言います。そして林泉寺には「第一義」という謙信の座右が掲げられています。この法号のはじめにある「不識」というのは禅の達磨大師の言葉です。
この不識からきたのが不識院。
上杉謙信は亡きあともここから見守っている?
不識院跡から更に登って
右側に回転すると護摩壇(護摩堂)、諏訪堂、毘沙門堂の跡が並んでいます。
【護摩壇(護摩堂)】
上杉謙信は出陣前に毘沙門堂に籠ったのはよく知られいるが、護摩を焚いて戦勝や息災を祈祷したのが護摩壇(護摩堂)と言われているらしい。
護摩壇より少し上がった場所に諏訪堂、毘沙門堂があります?
【諏訪堂、毘沙門堂】
護摩壇の奥には諏訪堂と毘沙門堂が並んであります。諏訪堂は諏訪神社からきたのかな?
復元された毘沙門堂は当時この位置に建てられいたのか。
諏訪堂から本丸へ
本丸の下の削平地、この辺りは小姓曲輪と言われている資料もあるみたいで、小姓が待機する場所だったのか?さてここから本丸帯曲輪へ
【直江景綱屋敷】
本丸の帯曲輪の位置に直江景綱屋敷、
直江兼続の妻お船さんの父の屋敷跡だね
大河ドラマの天地人のお船さん、
ここから本丸が行けない🈲
直江景綱屋敷から二の丸、三の丸を見る。
次はここから探索。
帯曲輪を歩き🚶♀️ます。
ここから二の丸、三の丸へ
二の丸へ降りて行きます。
二の丸が、見えてきました。
【二の丸】
二の丸は古絵図には、「御二階」「台所」と記載されるものもあり、現在も笹井戸と言われる井戸跡が残っています。
この辺りは能登地震で崩れたそうらしい。
怖い😱
二の丸の奥に井戸跡を発見💡
小さな井戸だが
ちゃんと水が潤っている。
二の丸から三の丸へ行きます。
三の丸の道へ、
ここから360度折り返して三の丸へ
この付近に青芋があって説明板もあるのだが枯れている😥
三の丸が見えてきました。
結局下がる⤵️なぁ
三の丸の入口です。
【三の丸】
三の丸の北側には米蔵、二の丸が台所ならここから米を運んでいたのかな?
しかし立派な土塁で囲まれている。
三の丸の中心部
【上杉景虎屋敷】
上杉謙信の養子、上杉景虎屋敷。
米蔵の側に屋敷とはなかなか重要なポジションやん
上杉景虎屋敷から見る景色。
三の丸はここまで、ここから本丸へ階段を上がる。
ここで分岐点が分かれていてとりあえず、本丸へ
本丸が見えてきました😀
本丸虎口。ここへ登って
右側に入ります😀
【本丸】
36m×24mの小規模な曲輪、御殿はなかったと言われています。
本丸を角度を変えて撮影。
本丸から毘沙門堂、諏訪堂、護摩壇側の景色。
ちょいと大木が邪魔(笑)
本丸からの景色、快晴ならもっと絶景なんだろうね
ちょいと動画🎥撮りました。
本丸から天守台へ
区切りの堀切を越えて天守台へ
【天守台】
天守台はありますが天守閣はなかったもよう。
ただ当時櫓はあったと想定されると思われる。
天守台から南側の景色、山の向こうは長野県かな。
天守台から奥の井戸曲輪へ
10mぐらい降りた曲輪が井戸曲輪。
【井戸曲輪】
本丸の北側にある曲輪で、真ん中に大井戸があります。
直径5mぐらいあり、いまでも水が潤っている。
凄い💦
井戸曲輪の南側。天守台の切岸。
井戸曲輪の北側、本丸の切岸。
井戸曲輪から南南東の上杉景勝屋敷へ、その真に鐘楼台が見える
降りて、、登って💦
井戸曲輪を降りた堀切。左側からぐるぐると上杉景勝屋敷へ行けるがまずは鐘楼台へ
鐘楼台へ登る。
【鐘楼台】
直径5mぐらいの小さな曲輪、鐘楼台。
🔔を鳴らして時刻とか教えていたのだろうか?
鐘楼台から見た井戸曲輪。
鐘楼台から見た上杉景勝屋敷。
鐘楼台を降りて、上杉景勝屋敷へ行こう。
左側に堀切がありますがまずはまっすぐ上杉景勝屋敷へ
上杉景勝屋敷と鐘楼台の堀切これは立派だ。
まずは上杉景勝屋敷へ
【上杉景勝屋敷】
上杉謙信の跡目を継いだ上杉景勝の屋敷、尾根を巧みに利用して曲輪が造られており、曲輪も曲がっています。
上杉景勝屋敷の奥の曲輪
上杉景勝屋敷から降りて堀切を横切ります。
堀切を渡ると、、、
側面のT字に合流ーーー文字は御成街道と言われて二の丸、三の丸へ繋がっています。
【御成街道】
上杉謙信と交流のあった関白近衛前嗣の通った道と言われていて大手道の延長線の道なのかな?
上杉景勝屋敷の側面を通る御成街道。
御成街道を通ると柿崎景家屋敷が見えてきました。
【柿崎景家屋敷】
上杉四天王の1人、柿崎和泉守景家の屋敷。
勇猛な武将として知られている。
信長の野望ではこんな顔しているのか?
見るからに強そうだ😀
柿崎景家屋敷から降りていきます。
春日山城大手道①
ここからは大手道です。
春日山城大手道②
春日山城大手道③
基本案内通路から外れているのか?人の気配がない。
いきなり削平地がきた。ここは南三の丸
【南三の丸】
「ジョウ(城)の畑」と呼ばれ、古くから城内を意識されていて、土塁や堀で区画された郭が連なり春日山城の最も重要な屋敷が集まった場所されています。
春日山城大手道④
ここからは番所へ
春日山城大手道⑤
春日山城大手道⑥
春日山城大手道⑦
この位置から本丸から1km、南三の丸から400mと書いてある。やはり観光ルートは大手道から登って搦手道だよなぁ(−_−;)
春日山城大手道⑧
【番所跡】
大手道の中程、本丸を初めて目標にする地点にあって「番所跡」と伝えられる。標柱の小山は木戸が造られいた土塁の跡で門があったと考えられています。
春日山城大手道⑨
番所から大手口まで歩く道中には切り通しみたいな場所もあります。
春日山城大手道⑩
大手道を歩く🚶➡️と雪の塊がおそらく除雪した雪なのかな?
【大手口】
ここから番所まで約600m.南三の丸まで約1200m本丸まで約1900mの距離である。
この付近にも駐車場🅿️があるからガッツリ探索はここに駐車するのもベストかも知れない。
以上で春日山城は終わりにします。
登山口から春日山神社⛩️駐車場🅿️まで約500m
てくてく歩いて帰りました。
そのあと鮫ヶ尾城へ向かいたが、残雪が思っている以上に溶けてなくてちょっと苦労しました💦