こんにちは😃
前回の中道子山城に続いて勢いでブログを書きました。やればできるやん☺️
先月は頑張って九州までへっぽこ🚗で行って城巡りしました。以前は勢いに任せて城巡りしたのだけど、今はそうもいかず💦

体調が良ければ、あの危険な山城。大分県長岩城を攻めたかったのですが、体調が90%だったので断念。あの城は色々と完璧な状態じゃないと無理。
でなわけで、あの長岩城から約8km南に位置する一ッ戸城を攻めました。
以前から城マニアの中ではおすすめ城にあがっていたので私もせっかく近くまで来たので挑戦へ



【一ッ戸城】

築城  1379年         友杉民部

廃城  1615年

城郭  連郭式山城

天守閣  なし

標高  365m      比高  190m


知名度  ★★☆☆☆☆

満足度  ★★★★☆☆

遺構度  ★★★★☆☆

疲労度  ★★★★☆☆☆


一ッ戸城は中間氏の祖友杉民部によって1379年頃築城されたお城と伝わっています。

1587年中間統胤は豊臣秀吉による九州征伐の後は中津へ入部した黒田氏に従った。中間氏は黒田姓を賜り城番として続いたが、1600年関ヶ原合戦で黒田氏が東軍に属して軍功を挙げ、筑前国福岡へ転封となるとこれに従いこの地を去った。

代わって中津に入封した細川忠興は家臣の荒川勝兵衛に三千石を与えて城代とした。現在残る石垣造りの城は、この細川時代の遺構と考えられており、1615年の一国一城令によって廃城となった。



一ッ戸城は大分県中津市から日田市に繋がる国道212号線を山国川にそった耶馬溪町に一ッ戸城があります。登山口から林道を約500mほど進むとA地点に到着。そこからツヅラ道を歩き尾根筋B地点から約200mで城址に着きます。

国道212号線から登山口に入ります。



【登山口】

獣柵を通って少し奥に駐車スペースはあります。


一ッ戸城登山道①

50mほど進むとちょっとスペースがあったのでここに駐車。更に奥までいけそうだけど砂利道はちょっと警戒する。


一ッ戸城登山道②

林道を奥まで進む、ここは谷道なので傾斜はない。


一ッ戸城登山道③


一ッ戸城登山道④

一ッ戸城まであと800m。分岐点だけど真っ直ぐ進みます。報告的に左側な気がするけど。


一ッ戸城登山道⑤

谷の小川沿いを並行に歩きます🚶‍♀️


一ッ戸城登山道⑥

ガサガサ、、鹿🦌発見💡


【A地点】

林道を500mほど歩く🚶‍➡️とA地点の分岐点に、ここから山道を登ります。ツヅラ道を歩き、尾根筋近くで直道へみたいな感じです。


一ッ戸城登山道⑦


一ッ戸城登山道⑧

道は整備かれているが道が粘土質でちょっと滑る


一ッ戸城登山道⑨


一ッ戸城登山道⑩

ツヅラ道で360度反転


一ッ戸城登山道⑪


一ッ戸城登山道⑫

シダと苔道を歩く🚶‍➡️


一ッ戸城登山道⑬

ツヅラ道はここまでここから尾根筋まで1番キツイ場所。


一ッ戸城登山道⑭

ここから尾根筋B地点まで比高30mを直登り道😨


一ッ戸城登山道⑮

虎ロープを掴まないと登れない💦


【B地点】

B地点.尾根筋に到着ここから200mで城跡に到着。

ワクワクします☺️


一ッ戸城登山道⑯

小さな岩🪨を登って、短足はつらい💦


一ッ戸城登山道⑰

小さなハシゴ🪜を登る🧗こんなハシゴでも有難い


一ッ戸城登山道⑱


一ッ戸城登山道⑲

ここらへんに瓦があるのか?取らないでくださいと注意書きされています。


【櫓台跡】

縄張り図を見ると櫓台跡らしい。こちらは搦手口の入り口かな。


【七の丸】

ここからは縄張り図を見て曲輪別けました。大まかに7つの曲輪があります。◯◯丸の数字はこちらの勝手な判断です。

七の丸、細長い曲輪で左側側面に石土塁が高さ1.5mぐらいの高さがあります。

七の丸の奥の一段上がった場所に六の丸。区切りに石垣があります。


【六の丸】

小さな円形曲輪です。

六の丸から本丸に登る🧗のはちょっと無理💦

六の丸から見る七の丸。

搦手口の七の丸に侵入する敵を見下ろす位置にありますね。


【本丸帯曲輪】

本丸の側面の帯曲輪を歩きます🚶‍♀️


一ッ戸城登山道⑳

帯曲輪はゴツゴツしています。そして本社の側面は大きな岩🪨で遮られ。どこから登るのか悩みながらあるく。


一ッ戸城登山道㉑

あっ💡ここからいけるかな?


一ッ戸城登山道㉒

最後の道を這い上がります。


いきなり本丸の石階段に到着🫢


【本丸虎口石階段】

本丸石階段。明瞭に残されている。

いいね👍


【本丸】

本丸に到着\(^^)/

広さは50m×20mぐらいでしょうか?

本丸の奥くの方

本丸から見る二の丸、三の丸、段郭になっています。

本丸石階段を降りて二の丸へ

本丸から二の丸降りる石階段、まだ続きがありこちらもよく遺構が残っています。


【二の丸】

二の丸に到着。本丸に比べると半分くらいの広さです。

二の丸から見る本丸の石垣。いいねこの苔石垣

本丸の隅石垣。素晴らしい😀👍

二の丸から見る三の丸。

三の丸は細長いな。

三の丸に降ります。


【三の丸】

三の丸、80m×15mでかなり細長い曲輪。

二の丸と四の丸に繋がる帯曲輪みたいなイメージ。

三の丸からみる二の丸の石垣その1

こちらの崩れかかっている石垣は小さい。

三の丸からみる二の丸の石垣その2

平石も混じっているなぁ

細長い三の丸を歩く🚶‍➡️霧で靄っている。

四の丸の手前、崩れた石垣がゴロゴロ


【大手口】

四の丸の左側には大手口跡があり桝形になって、大きな石垣と小さな石垣がくっついて良い感じに残っています。良いね😊👍

大手口もちゃんと石階段があります。

大手口から四の丸へ

四の丸に入ります。


【四の丸】

30m×20mぐらいの曲輪です。

四の丸の奥には腰曲輪が一段あります。

朝霧で景色が見えず。残念😢


三の丸に戻り、側面に並行している帯曲輪が五の丸。


【五の丸】

細長い帯曲輪です。

以上で一ッ戸城はこのあたりで終わります。

石垣好きには良いお城なのでおすすめできる山城です。


お久しぶりです。
プロ野球は阪神がリーグ優勝しましたね。おめでとう🎉
さてさてすっかり忘れている城ブログ更新。お城巡りはゆるりとは訪問しているがなかなか更新できずすみません🙇

今回は兵庫県加古川市の中道子山城。
ではスタートです。

覗いてくれたら嬉しいです😃


【中道子山城】

築城  1441年頃     孝橋繁広 

廃城  1580年

城郭  連郭式山城

天守閣  なし

標高   271m    比高  230m


知名度  ★★☆☆☆☆

満足度  ★★★☆☆☆

遺構度  ★★★☆☆☆

疲労度  ★★★☆☆☆☆


中道子山城は伝承では1386年に赤松円心の四男赤松氏範の築城と言われていますが、赤松氏範は同年1386年に南朝方として滅ぼされているので信憑性が低い。

次に中道子山城の名前が出てくるのが1441年に赤松満祐が足利義教を暗殺して城山城の立て籠もる兵の中に「中道子城主志方弾左門顕茂」という名が「赤松盛衰記」の中にあったのでその頃に赤松氏の家臣の城だったのであろうか?

あと「播磨古城軍録」に「城主は赤松新五郎繁広築き給ふ」とも書いてあるので築城は赤松新五郎つまり赤松一族孝橋繁広が築城したので間違えないと思われる。

孝橋繁広は赤松満祐の弟赤松則繁の養子で赤松則繁自身は嘉吉の乱の後に播磨室津から朝鮮に度り、その一州で猛威を振るっていて九州で筑前守護小弐氏の援護を得て大内氏と戦ったが敗れ、播磨に逃れたが幕府に知る事となり1548年についに自害した。

孝橋繁広も1451年に死去。その子孝橋繁景が1457.年に長禄の変により赤松氏を再興させて赤松政則に従った。1496年に孝橋繁景が亡くなり、孝橋政頼が継いだが、その頃には浦上氏が急速に支配する様になった。この情勢に際して孝橋氏は赤松氏に従って浦上氏と度々戦いにあったようである。孝橋政頼の子孝橋秀光の代になると幕府管領家に内訌が起こり、この両細川氏の乱に赤松氏と浦上氏は、それぞれ両派に分かれて戦った。1531年細川高国を支援する浦上村宗と、細川晴元を擁する三好元長との間で「天王寺合戦」が起こると、孝橋氏ら播磨国人は赤松晴政に属して浦田氏の背後から突いた。浦上村宗は討死に、細川高国は尼崎まで退却したが大物で自害した。ここに浦上氏は一頓挫したが、その勢いはゆらぐ事なく、その後も赤松氏と浦上氏は対立、抗争が続いた。

やがて1538年因幡を勢力下においた出雲の戦国大名尼子氏が播磨に侵攻し、秀光は尼子軍と戦った。尼子氏は二年ばかりで出雲に帰っていったが、今度は幕府の実力者に成り上がった三好長慶が摂津方面から播磨へ勢力を伸ばしてきた。1549年三好長慶が細川晴元を摂津三宅城に攻めたとき、孝橋秀光は細川晴元に属して戦死した。
孝橋秀光の子孝橋秀時は、1555年の春、三好勢の攻撃を受けて利あらず、佐用郡上月西ノ庄の浅瀬山城に退いた。このとき、山麓の中道寺も兵火に消失し、孝橋氏の退去とともに中道子山城の歴史も終わった。 ・


中道子山城は兵庫県加古川市の北部にある山城です。山陽自動車加古川北インターの近くにある山城で駐車場もちゃんとあります。登山道も登山口から1000mぐらいまでは林道なので楽に進めます。

途中🟡🟡🟡の近道がありますがそこはちょっとキツそうな道があります。


【駐車場】


中道子山城登山道①


【登山口】

中道子山城登山道②


中道子山城登山道③

あと1300m


中道子山城登山道④


中道子山城登山道⑤


中道子山城登山道⑥

あと1100m💦


中道子山城登山道⑦


中道子山城登山道⑧

ここから近道がある


近道ルートだとあと500mだけど

夏場でしんどいから正規なルートへ


中道子山城登山道⑨

あと800m半分ぐらいまできた。


中道子山城登山道⑩


中道子山城登山道⑪


中道子山城登山道⑫

昔はここまで車🚗で来れた跡がある。


中道子山城登山道⑬

ここから階段だ。


中道子山城登山道⑭


中道子山城登山道⑮


中道子山城登山道⑯


中道子山城登山道⑰

あと300m


中道子山城登山道⑱


中道子山城登山道⑲

あと200m


中道子山城登山道⑳

大手門曲輪が見えてきました。


中道子山城登山道㉑


【大手門曲輪】

城の南側の郭に大手門があり、ここを大手門曲輪と勝手に名付けましょう。20m×10mぐらいでしょうか?

大手門曲輪から更に登ります。


中道子山城登山道㉒


【二の丸櫓門跡】

二の丸入る位置に櫓跡の木碑がありました。

良い位置に見張り櫓跡があります。


【二の丸】

二の丸に入りました。わりと小さな曲輪です。

二の丸を別の確度から(笑)

二の丸から更に登ります。

中道寺山城登山道㉓

あと100m


【虎口?竪堀?】

ここから虎口か?竪堀?あるが不明。

ここから見ると堀切にも見える。


中道寺山城登山道㉔

ここが本当の虎口っぽい場所だ。


【櫓門跡】

ここはしっかり櫓門跡が残っている。

草に覆われているが石積みもわかります😀


【A曲輪の帯曲輪】

縄張り図を見るとA曲輪は本丸に見えるが、城跡の拡張する前の本丸だったのかも知れない。

その帯曲輪を歩く🚶‍➡️

帯曲輪の土塁上に小さな地蔵祠がありました。

帯曲輪を歩く🚶‍➡️、先程の謎の虎口と合流地点。

A曲輪帯曲輪を南側を歩きます。


【A曲輪帯曲輪西面】

なんか謎の石碑と、その周りの石積みがあります。

たぶん城の石積みじゃないと思う。

A曲輪の周りを歩きます。

ここからA曲輪に入る道がありますね。

段曲輪のB曲輪が見えます。


【A曲輪】

A曲輪。縄張り図を見るとここが旧本丸じゃないの?と思わされる曲輪。昔ここに社があったんじゃないのか?と思わせるぐらいで15m×15mぐらいの円形の曲輪かな。


【A曲輪虎口】

A曲輪虎口らしき場所からB曲輪へ。

B曲輪、道が分岐していますが右側へ


【B曲輪】

A曲輪から一段下の曲輪で◯◯丸と書いているのだが文字がかすれて見えない😨

ちょっと薮化しているB曲輪の側面を歩こう

B曲輪から更に落ちる道があるぞぃ


【井戸曲輪】

B曲輪の東一段落ちた場所に井戸跡がありますが、薮化している。

いど穴が見えないじゃないかぃ😨

井戸曲輪からのB曲輪の切岸。

またB曲輪に戻り三の丸へ


【三の丸】

B曲輪から更に一段落ちた場所に三の丸があります。

三の丸の先の腰曲輪があるので降りてみよう


【三の丸腰曲輪】

三の丸腰曲輪。整備されていない小さな削平地であります。

三の丸腰曲輪から搦手口に繋がる道があるから歩いてみよう。


【搦手門】

搦手門跡、ここは削平地はないが、石積みの跡が残っている。

いいねーいいね👍

石積み😄

別の角度からの石積みの写真

搦手門跡から奥へ堀切が2つあるので行ってみよう。

堀切②が見えてきました


【堀切②】

奥の二重堀切の一つ堀切②

更に奥に進みます。ぼやけた💦

滑りそうな道で降りる。



【堀切①】

V字は甘いがちゃんとしている堀切

本丸①からC曲輪へ

帯曲輪を歩きます🚶‍♀️

C曲輪の建屋が見えました。


【C曲輪】

A曲輪.米倉曲輪の間の曲輪です。

ろくもん氏のブログでは社があったはずなんだが💦

今は解体されている。


6年前のろくもん氏のブログではこんな感じだったが💦


ここから本丸へ

本丸前の米倉曲輪が見えました。


【米倉曲輪】

10m×10mの広さでコの字の様に約2mぐらいの土塁に囲まれている。

ここの土塁は明瞭だぁ😄

米倉曲輪隣りの本丸虎口へ


【本丸】

本丸は広いね。位置的に千畳敷な感じがする。

80m×50mぐらいの広さです。

石碑がありました。【赤松城】と書いてある。

景色が見える位置⭕️まで行こう。

雲っているう〜ん


以上で中道子山城は終わります。

ありがとうございました😃


おはようございます。
まだまだ暑いですね。先日の熊本地震に引き続き、千葉県の集中豪雨被害。心配だらけです。

8月9日、高知県出身の友人に一緒に高知県行かない?と誘われたので高知県へ。その友人は私のお城巡りには付き合ってもらえなかったが、私がお城好きなのを知っていて登山口まで送ってもらい2時間後に合流との約束で今回は布師田金山城の攻略にレッツゴー✊
サクッと書いて見ました。参考になれば嬉しいなり😃

築城  1535年頃      石谷重信

廃城  1581年頃

城郭  梯子式山城

天守閣  なし

標高104m     比高  95m


知名度  ★★★☆☆☆

満足度  ★★★☆☆☆

遺構度  ★★★★☆☆

疲労度  ★★★☆☆☆☆


布師田金山城は築城者は伝承として石谷重信と言われいて築城時期は不明であるが1535年頃の築城か?はじめは天竺氏の家臣だったが、1547年に天竺氏が滅亡すると長宗我部国親に降りて家臣になる。その後久武親信、久武親直、兄弟が城主となる。1581年に久武親信が岡本城の戦いにて戦死した以降は不明である。


布師田金山城は、高知城から北東に約5mで岡豊城から西へ約2.5kmの位置にあり、城跡から北東に約100m先には高知刑務所があります😱

駐車場は高知市布師田ふれあいセンターに停めて、グラウンドの裏から約500mで到着する山城です。


【駐車場】

高知市布師田ふれあいセンターに到着。ここで駐車します。

広場には草刈りしています。


【登山口】

フェンスを開けて、ここから登ります。


布師田金山城登山道①


布師田金山城登山道②


忠義碑石があります。


布師田金山城登山道③


布師田金山城登山道④


布師田金山城登山道⑤


布師田金山城登山道⑥


布師田金山城登山道⑦

⭕️に札が倒れている。


【石灰岩採石跡】ここで石が取れたのか?


布師田金山城登山道⑧

竹藪地域に入ります。


布師田金山城登山道⑨


布師田金山城登山道⑩


布師田金山城登山道⑪

石垣が見えた。おそらく畑後の石垣だなぁ


布師田金山城登山道⑫

だけど石垣に見惚れてしまうのは城好きのサガか😅


布師田金山城登山道⑬


布師田金山城登山道⑭


井戸跡?たぶん🤔


布師田金山城登山道⑮

あと200m頑張ろう!


布師田金山城登山道⑯


段郭?もしかして、畑の段郭かも知れないが。


布師田金山城登山道⑰


布師田金山彦登山道⑱


布師田金山城登山道⑲


布師田金山城登山道⑳

城跡に着きました。


【堀切】

堀切が見えた。左側面は二の丸南の切岸。


【A郭】

堀切の横に小さなA郭。

西側帯曲輪を北側に歩き🚶‍♀️ます。

二重横堀の近くに行きます。


【二重横堀❶の南側】

ここから本丸に行けそう。


布師田金山城登山道㉑


布師田金山城登山道㉒

二重横堀が見えます

 


【二重横堀❷】

空堀と書いてあるが横堀の方がイメージしやすい。

二の丸北虎口に入る。


【二の丸北曲輪】

二の丸北曲輪。

二の丸北曲輪の西側には土塁がある。横堀❷の土を盛ったのか。

二の丸北曲輪から岡豊城(続100名城)が見えるらしいが、、



【二の丸東曲輪】

二の丸東曲輪を歩く🚶‍➡️

ここから本丸虎口が見える。

虎口を入る。


【本丸(詰城)】

本丸に到着。10m×20mぐらいで東西南北に土塁に囲まれている。縄張り図には詰丸と書いてあるが本丸である。

本丸を南奥から撮影📷

良い感じ。

本丸から二の丸東曲輪を通り南側へ

二の丸東曲輪の側面を歩き🚶‍♀️南側へ

二の丸南曲輪が見えて来ました。


【二の丸南曲輪】


二の丸南より見る景色。

比高100mからの景色ですが、のどかな景色です。

二の丸南から見下ろすと三の丸南の曲輪が見れますがちょいと降りる道がないので回り込むしかないかな。

二の丸南西部、二の丸の西側ここまで

二の丸東曲輪から三の丸に降りる道があった。

行ってみよう


【三の丸東曲輪】

三の丸東曲輪、本丸の東側帯曲輪群

三の丸東から三の丸南へ、途中虎口みたいな竪堀みたいな場所があるぞぃ

別道の登山道の虎口みたいだが、あまり利用されていないので道が荒れている感じだ。

三の丸南が見えてきた。


【三の丸南曲輪】

二の丸南よりさらに一段下の三の丸南、景色が見えない😥

三の丸より二重横堀まで戻ります。

ここから奥の城へ約200mほど先でしょうか?

二重横堀❶を平行に歩くと奥の城に行きます。


【二重堀切を側面】

奥の城への道を歩く途中に二重横堀を側面から見る事がらできます。

奥の城道❶

奥の城道はあまり整備されている訳でなく、獣道みたいな道を進む

俺の城道❷

奥の城道❸

勾配もない道を歩きます。


【奥の城二重堀切】

二重堀切が見えてきました。手前の堀切❶は浅い。

二重堀切❶は浅いなぁ😅

二重堀切❷はちゃんとした深さがある。

奥の城の曲輪へ急勾配だぞ😨

ロープを握って💦💦

二重堀切を上から撮影📷


【奥の城】

奥の手に到着。細長い削平地だけだった。

ここで退散します。


余湖くんのお城のページの布師田金山城の鳥瞰図

こちらの方がイメージつきやすいよね。


布師田金山城は以上です。

城巡りしていて高知城、岡豊城を訪問したついでに寄るお城としておすすめします😀

コンパクトで良いお城です。