「完璧な正解(全部正しい人)を提示できないなら、

目の前の間違い(戸塚宏の理論の欠陥)を指摘する資格はない」と言っていますが、

これは「100点満点の解答用紙を見せられないなら、1+1=5という間違いを指摘してはいけない」

と怒鳴っているのと同じです。100点満点の人間がこの世にいなくても、

目の前の意見が「現実の社会でトラウマや深刻な被害を生むリスクがある(間違いである)」

と判断することは可能です。「比較対象(全部正しい人)を連れてこい」というあなたの要求は、

自分の信じたい理論の間違いを認められない時に使う、

ただの「無理難題を押し付けた論理のすり替え」です。

いい加減、言葉の定義に逃げるのはやめて、

「暴力を善とする理論が、現実の人間を不幸にするリスク」という、

本質的な問いから逃げないでください。これに答えられないのであれば、

あなたの理屈はただの負け惜しみです。

 

「部分否定」という一般的な言葉遣いをしている。

 だから、「全部正しい〜というわけではない」という言い方は、

日本語では「部分否定」と呼ばれるんですよ、

「正しい部分もあるかもしれないが、間違っている部分(現実的でない部分)もある」

と、自分は「一部の誤り」を指摘しているだけです。