「ほめてやらないと子ども達は崩壊しかねない」

 

 医学的事実と犯罪捜査の歴史と現場がそれを証明している。  

注意欠陥多動症その他の発達障害の児が存在する。  

 

以前は暴力、怒鳴りつける事、殴る事で躾ける事が試みられた。その歴史は人類史と同様に長い。  

そして歴史が証明した。共感能力が脳機能において弱い子ども達に体罰と称して暴力、暴言を加えた場合、

女児はリストカット、うつ病、自殺が激増し、男児は暴力化、切れやすくなり、

その体罰が残酷であればあるほど、正確に比例して残忍な暴力犯罪者になることが証明された。これには例外がない。  

 

発達障害でない場合ですら、残酷で執拗な暴力、暴言で躾けられると、

同じように女児は心を病み、男児は暴力化し、自らが 我が子や

妻に暴力を振るうようになる確率が25%に跳ね上がる。一方、暴力で躾けられなかった群では、

ほとんどが暴力で躾けようとする残忍な親にはならなかった。  

 

過去20年近い児相精神医学の進歩によって証明された事実がある。

 

 「発達障害やサイコパスの児であろうとも、親やカウンセラーが努力し、

忍耐し、その子をほめてやれるような状況、叱らなくても良いような環境を徹底的に整備し、

気長に繰り返せば、その子たちは成長するに伴って穏やかに温厚に忍耐強くなり、

75%以上が正常な社会生活を営み、暴力を振るわず、心を病まずに済む。」  

 

暴力は怠惰で愚か、残忍で暴力を快感と感じる残酷な人間が最も好む手法であり躾であり体罰である。

だがそれは、暴力的な人間を満足させはするが、暴力、暴言を振るわれた人間を歪め、

残酷に暴力的にし、自殺や、時には虐待、最悪の場合、殺人にまで至らせることが証明されている。  

 

これはリベラルや思想的な問題ではない。単なる統計学の問題であり、

弱い立場の子ども達や若者への共感能力や理性、その人物の人格と忍耐力にかかわる問題であるに過ぎない。  

だが暴力の肯定者は、自らを正当化するために、

思想や感情論、大和魂や愛国心など、科学や医学、大脳生理学などの学問とは全く無関係な議論を持ち出す。  

 

統計的事実を認めない段階で、その人物は客観的、医学的、効果的な事実や手法ではなく、

自己弁護や詭弁を弄しようとしているだけの人間であることが分かる。